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お花のお墓

最近、家の中が私によそよそしい。

そんなことを思っていた。


いつも着ているコートも、いつも使っているテーブルも、いつもごはんを炊いている炊飯器も、いつも履いているスリッパも。

いつも歩いているフローリングも、いつも見ているテレビも、いつも用を足しているトイレも、いつもお味噌汁をつくるお鍋も。ぜんぶぜんぶ。

なんだか家の中にある物たちに、そっぽを向かれている感じがする。だから家にいてもなんだかソワソワした。


この感じは、なんだかよろしくない。

そう思ったので、彼らとの関係を取り戻すために動くことにした。


いつも着ている紺色のコートには、よく見ると猫の毛がたくさんついていた。コロコロでそれらをキレイにとって、水で濡らしたタオルで汚れをふきとった。

テーブルも、一見キレイに見えるけれど。よく見てみると、足の部分にホコリがつもっていた。ホコリをはたいて、いつもより丁寧に拭いた。

炊飯器も、スリッパも、床も、テレビも、トイレも、お鍋も、一見キレイに見えるのだけれど、よくよく見てみると汚れていた。ホコリをはたいて、汚れを丁寧に磨いた。


気になったものから1つ1つ丁寧にキレイにしていくうちに、だんだん家の中のよそよそしさが和らいでいくのを感じた。

そして家の中にある物たちが、次々と私に話しかけてくるような気がした。まるで「次は私〜!」「次は私〜!」と順番待ちをしているみたい。


気になったものから順番に、
1つ1つ丁寧にキレイにしていく。

こんなに「物」に心を向けるのは久しぶりだな、と思った。最近知りたいことがありすぎて、家事をするときにワイヤレスイヤホンを耳につけて、むさぼるようにYouTubeを聴いていたのだ。

掃除もちゃんとしている。家族のごはんもちゃんと作っている。毎日洗濯機を回して、干して、タンスにしまっている。

自分の役割を果たしながら、自分が今どうしても知りたいことを耳から取り入れる。「なかなか効率的じゃないか!」と思っていたけれど。

体は家事をしているけれど、
心はYouTubeに向いている。

それは、いくら「ちゃんとやっている」ように見えても、形だけキレイに整っているように見えても、物たちにとっては「放ったらかしにされている」のと同じだったのかもしれない。物たちが、すねちゃっていたのかもしれない。


ふと、小さい頃の息子を思い出す。私がごはんの後片付けをしている間、息子は1人でリビングで遊んでいた。

「母ちゃん、見て!」

私が頭の中でグルグル考えごとをしながら洗い物をしているときに限って、その言葉の回数が妙に多くなってイライラした。

そして、「何をして遊んでいるんだろう?」と息子に意識を向けながら洗い物をしているとき、その言葉の回数が妙に減ることに、あるとき気づいた。


子供はもちろん物だって、みんな自分に意識を向けてほしいんだ。みんな心を自分に向けられたいんだ。

そんなことを思った。


家の中の物たちの声が、だんだん落ち着いてきた頃、ふと「サロン部屋のお花」のことが気になった。

友達がサロンにあそびにきてくれたときに、花束をプレゼントしてくれた。その花束をサロン部屋にかざっていたのだけれど、もうだいぶ枯れてしまっていた。


もう、さようならの時期だよね。

そう思って、花瓶の水を捨てて、お花もゴミ箱に捨てようとして、ゴミ箱のフタを開けた。食べ終わったポテトチップスの袋とか、牛乳パックとか、生ゴミをまとめて捨てているポリ袋とか、そんな物たちが目に入った。


私をゴミ箱に捨てないで!

そんなお花の声が聞こえてきたわけではない。私はお花としゃべる能力は持ち合せていないのだ。

でも、ゴミ箱にお花を捨てるのは、なんか違う。そう思った。そして同時に、このままゴミ箱にポイッと捨ててしまった方が効率的だとも思った。

でも、このまま違和感を感じたままお花をゴミ箱に捨ててしまったら、なんだか気持ちがよくないことは確かだ。

ゴミ箱のフタをしめて、枯れてしまったお花をとりあえず袋に入れて。息子と父ちゃんと出かける前に、マンションの敷地内の広場に寄った。

ある木の前の土の上に、枯れた花たちをそっと置いた。しっくりくる。

「ここ、お花のお墓ってことにする。家に飾っていたお花が枯れちゃったら、ここに置くことにする。」

息子と手をあわせて、
花たちと気持ちよくサヨナラした。

by 父ちゃん撮影。




家に戻ると、あのよそよそしさは消えていて、居心地の良さが戻っていた。



子供は、お母さんに心を向けてもらうために「見て見て〜!」とアピールしてくる。


夫は、妻に心を向けてもらうために
視線を送り、言葉を送り、キッチンをウロウロして、アピールしてくる。


物たちは、持ち主に心を向けてもらうためにせっせとホコリをつもらせ、汚れをつけて、アピールしてくる。


お花は、自分の最後の場所はゴミ箱ではないんだと主張してくる。


なんて忙しいんだろう。
なんて面倒なんだろう。



でも、心にポッと温かさが戻ってくる。

だからきっと私にとって、
必要な時間なんだと思う。

今の、私の役割の1つなんだと思う。


体も心も、どっしりとココに置いて、
ちょっぴり非効率な毎日を、今日も過ごす。

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