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短い言葉たち

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あまたの小さなコンパイラ

あまたの小さなコンパイラ

朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。タクマの携帯端末のスクリーン上で開かれた《文》にはそう記されている。そして実際に、テレビを自宅に持つ人間はみんな、《文》の通りに毎朝テレビのスイッチを入れ、淡々と告げられる終末へのカウントダウンを耳にしている。
 《文》には毎日のカウントダウンの告知が記され、そのうしろに十

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未来から過去へ流れる時間

未来から過去へ流れる時間

初期仏教の阿毘達磨によると、時間は未来から現在、そして現在から過去に流れるのだという。

水か高いところから低いところに、あるべき場所へ向けてなんの意図もなく流れていくように、わたしの運命が未来のどある地点でふっと湧き出して、それはネットカジノにハマる神の悪戯かもしれないし、あるいは観音さまの慈悲かもしれないのだが、とにかく湧いて、とにかく流れてくる。

それは察するに認識論的な時間感覚の話で、

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短歌二十首: 君さりぬ川辺寒さにつるひとり

短歌二十首: 君さりぬ川辺寒さにつるひとり


きみが帰ってきたから、夕残りに虚無の酒を買って一席を設ける。感染症の蔓延する世界では、昔よく行ったワインバーもフレンチも閉ざされている。ぼくが他の友を呼ぼうとすると、きみはさりげなくそれを受け流した

晴れ澄みて張れば散らない櫨の枝に霧したたりぬ虚酒夕席に

赤寂かカーテン上がり向こう辺のルッコラパセリ摘む白いゆび

或る夜はガラステラスに地は透けて飼い百舌鳥の声夜街に似たり

つみふえる多言

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別の星なら、この恋は

別の星なら、この恋は

 古に、球状の生命を伴ってふたつの植物が飛来した。雄は落葉樹に、雌は常緑樹に生きる。春、雄は淡緑の網目を揺籃とし、秋には柔らかな鋸歯の淵で一生の決意をする。
 1秒。
 雄たちに与えられた。地球における恋の時間。常世の葉で幸福を謳歌する清廉な乙女たちは、自ら飛ぶことはない。
 今、一枚の落葉で、ひとりの乙女も見ぬまま雄たちが死んだ。秋に葉が悲痛にささめくのは、彼らが恐れて震えるからだ。
 突風が抜

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われら人の積む限り...

われら人の積む限り...

 俺は山積みの本に今日も細工する。年末になるとベスト10だ100だと奴らは珍しく整頓なんてしようとしやがるから、積み直して編み物や鋳物を作る俺達も忙しくなる。幾つもの傾いた本の山。知識欲と学習欲、打ち続ける未来への希望、布石としての未読状態が未来の香りを閉じ込めるカプチーノの泡みたいになって、体系、叙情、詩歌、分析を一面を埋め尽くす夕霧草の綿雲となって柔らかに背表紙を包む。

 主が中身を見たのは

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