三体_早川_

中国で三部作2100万部! 全世界で2900万部! 驚異のSF『三体』

担当編集者が語る!注目翻訳書 第27回
三体
著: 劉 慈欣 監:立原 透耶 訳: 大森 望、光吉 さくら、ワン・チャイ
早川書房 2019年7月出版

『三体』と出会うまで

いま、中国ではSFが熱い。そのような言葉が囁かれ始めたのは、4年前、劉慈欣(りゅう・じきん)『三体』(英語タイトル:The Three-Body Problem)が2015年のヒューゴー賞長篇部門を受賞してからだったと思います。何しろ、SF界の最大の賞であるヒューゴー賞をアジア圏で、しかも翻訳小説として初めて『三体』が受賞したのです。

同時にその頃、私はケン・リュウの『紙の動物園』の単行本版の編集を担当していました。情報を収集していると、どうやら翻訳家としても名を馳せているリュウが英訳を手掛けた“The Three-Body Problem”という作品が、なんだかスゴイことになっているらしいということが耳に入ります。やがて“The Three-Body Problem”はヒューゴー賞に輝き、劉慈欣の名は一躍世界に轟くことになります。

次に劉慈欣の名と出会ったのは2017年、『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』の編集中でした。こちらはすぐれた現代中国のSF作品をケン・リュウが精選したアンソロジーですが、その中の一篇に劉慈欣「円」が選ばれていたのです。

「円」はとんでもない作品です。秦の始皇帝の「円周率を計算せよ。2年で1万桁を計算せよ。さらに5年で10万桁を求めよ」という無茶振りに応えるべく、燕の学者・荊軻が秦の始皇帝指揮下300万の軍隊を用いて、脅威の人間計算機を生み出します。これを初稿で読んだとき、とんでもないものを読んでしまったと震えました。周りの編集者に「この円という短篇はすごいから絶対読んでくれ」と触れ回ったことを覚えています。

どうやらこの「円」は『三体』の一章を抜粋して改作したものらしい。『三体』というのはあの“The Three-Body Problem”のことらしい。一章の抜粋でこれほど凄まじいなら、『三体』はどれだけすごいのか……?

折りたたみ北京』はありがたいことにご好評をいただき、なかでも「円」には大きな反響がありました。ぜひこの短篇のもととなっている『三体』を読みたい! というお声も数多くいただきました。そのなかで『三体』の版権が取れ、そこから、われわれの『三体』漬けの日々が始まったのです。

とにかくスケールがすごい

三体』を編集していて思ったのは、とにかくスケールがすごい、ということでした。『三体』のあらすじはこのようなものです。

“物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート科学者・葉文潔。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた……”。

巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地!? 本作にはこれ以外にも、聞いただけで興奮するようなタームが登場します。学術団体〈科学フロンティア〉、怪現象〈ゴースト・カウントダウン〉、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム、そこで脱水する人々、それを貯蔵する〈乾燥倉庫〉……。聞いただけでワクワクしてきませんか。

そして、物語の内容もさることながら、『三体』は中国で三部作が2100万部、その他の地域では800万部が売れたとのこと。こちらのスケールもすごい……!

中国語の翻訳を、光吉さくらさん、ワン・チャイさんが担当。大森望さんが、その訳文を現代SFらしくリライトしてくれました。中国の神秘的な雰囲気、魅力的な漢字使いはそのままに、グッと現代日本の物語に慣れた人たちに読みやすい文章に仕上げてくださいました。そして、全体の監修をしていただいたのは立原透耶さん。現代中国SFに詳しく、中国のSF作家たちとも懇意にしている立原さんに監修していただくことで、『三体』は息づき始めたように思います。

そんな最高のチームでできあがった『三体』。早川書房としても現代中国のSF作品を中国語から訳すのは初めてで、そのなかで、タトル・モリエイジェンシーの盛川さんにはたいへんお世話になりました。(ありがとうございました!)

ここ最近のSF作品は、理解するためには最先端の科学知識を必要としたり、哲学的な敷居が高かったりする作品が多かったと思います。それらはたいへんな読み応えのあるものですが、先鋭的な内容のため、SF読者のなかでもさらに読者を限定していたこともあると思います。『三体』は小松左京さんやアーサー・C・クラークを思わせるほどスケールが大きく、ある種荒唐無稽にも読めるような、いわゆる「大きなSF」と言われるような物語です。このような物語を、昔からのSFファンは待っていたと思います。

もちろんヒューゴー賞受賞作であり、今盛り上がっている中国SFということで、翻訳を待ち望んでいた感度の高いSFファンもいます。また、仕事相手の中国の方から勧められたというビジネスマンや、エンジニアの方、中国からの留学生に推薦された学生の方もいるでしょう。

そのさまざまな層がそれぞれ楽しみにしていた作品、そしてその期待に120%で応えた作品、それが『三体』だと思っています。

10月には著者の来日も控えています。まだまだ勢いが止まらない『三体』、第二部は2020年中刊行、第三部は2021年刊行予定です。どうぞお楽しみに!

執筆者:梅田麻莉絵(早川書房 第二編集部/SFマガジン編集部)

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