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愛と正義の赤ちゃんごっこ【12―A】
井の頭公園を独り当て所(ど)なく歩く。時刻は午後七時をまわっているだろうか。木々の新緑を照らしていた太陽が電灯に代わり、ようやく薄暗くなってきた園内は、デート中らしい若い男女やジョギングをしている初老の男性、犬の散歩をする中年女性など、老若男女を問わず多くの遊歩者で賑わっている。
歩き疲れた僕はベンチに腰掛け、自動販売機で買った炭酸飲料を一口飲むと、スマートフォンを取り出した。ディスプレイの
愛と正義の赤ちゃんごっこ【11―B】
私の肩ごしに姿見をのぞくと、お母さんは大きな目を細めて言った。
「ちょっと太ったんじゃない?」
着つけの前にゆっておいたサイドテールの髪を指先でいじりながら、鏡の中のお母さんに向かって言い返す。
「だって、さっき食べたばっかだからお腹が――」
ふくらんでるんだよ、と言いかけると、お母さんが帯をきゅっとしめた。
「苦しい?」
「ううん、だいじょぶ」
帯の明るい黄色が、白の花
愛と正義の赤ちゃんごっこ【11ーA】
もうすぐ五時になろうかというのに、依然として照りつける陽光を浴びながら駅前の繁華街を歩いた。僕は愛ちゃんの横につき、茶山とカナモトさんの後を行く。駅前にはまだ仕事帰りの会社員は見当たらず、それゆえ彼らを狙う怪しげな客引きの姿もなく、夏休みの開放感に浮かれた学生たちが、海水浴にでも来たかのような薄着で闊歩している。
昨日に比べるとやや厚着の愛ちゃんは、しばらく歩いて外の暑さに堪えかねたらし
愛と正義の赤ちゃんごっこ【10ーB】
世界史の授業がおわると、教室の中はガヤガヤしはじめた。ルーズリーフとテキスト、ペンケースをバッグの中にしまっていたら、茶山(ちゃやま)くんがとんとん肩をたたいてきた。
「桃下、ほら、赤地が浮気してるぞ」
茶山くんに言われて前を見た。教室の最前列の席にはマーくん。そのとなりにはパッと見で目を引くくらいキレイな女の子が座っていて、女の子がマーくんに話しかけている。茶山くんは私に手まねきして
愛と正義の赤ちゃんごっこ【10―A】
授業が終わるやいなや、突然後ろから名字を呼ばれた。茶山(ちゃやま)の声だ。五、六十人はいるだろう、この人混みの中から目ざとく僕を見つけたらしい。しぶしぶ振り向くと、あろうことか茶山の隣に愛ちゃんがいた。
「どうしよう」
こちらへ近づいてくる二人を見て、カナモトさんが僕にささやいた。
「エミナ緊張してきちゃった」
見知らぬ女の子が僕に話しかけていることに気づき、茶山がわざとらしく声
愛と正義の赤ちゃんごっこ【9―B】
唇を離したとたん、急にはずかしくなってきた。思わず顔をそむけて窓をのぞく。観覧車のゴンドラがのぼるにつれて、東京ドームのむこうにライトアップされた夜景がひろがっていく。
「愛」
ふり返った私の頭を、ギュンちゃんはそっとなでて言った。
「きょうはありがとう。楽しかったよ」
「あたしこそありがと」
そのとき、ぐーっというまぬけな音が鳴った。なんというタイミング。最悪だ。
「うちで
愛と正義の赤ちゃんごっこ【9―A】
期末考査が終わった。後は終業式まで「自宅学習期間」となる。事実上の夏休みに入るというわけだ。試験の出来はいつもどおり上々だった。英語、現代文、古文、それに世界史は満点だったし、全教科で九割以上得点できた。試験前にあんな失態を犯さなければ、もっと晴れやかな気持でいられるところなのだが……。
愛ちゃんの前で粗相をしたのは、これでもう二度目になる。しかも今回は、あろうことか彼女の部屋で失神して
愛と正義の赤ちゃんごっこ【8ーB】
ふうっと息をつきながら、ぽっこりふくらんだお腹をさする。速水家のシチューが、あまりにもおいしくて食べすぎてしまった。空いた食器をキッチンに持っていき、一実のお母さんにお礼を言ってからリビングにもどる。
「ごちそうさま。そろそろ帰るね」
ソファーに座ってテレビを見ながら、一実(かずみ)がふり返らずに言った。
「結局晩メシ食いにきただけだったな」
なにも言い返せない。
「おジャマし
愛と正義の赤ちゃんごっこ【8ーA】
PCのファンとキーボードの音だけが響いている。打ち込まれた数字が青白い光を発するディスプレイに続々と浮かび上がっていく。
数学の試験はいつも、初めの八題は一問五点の基本問題で、試験範囲の公式さえ暗記しておけば容易に解答できるものばかりだ。数学教師の藍沢(あいざわ)は一年生の時から僕のクラスを担当しているが、今回も同じような問題が出されると考えていいだろう。まずはその部分の類題を作る。応用
愛と正義の赤ちゃんごっこ【7ーB】
窓から見える空が暗い。きょうは雨だから、みんな教室でお昼ごはんを食べている。
「ほらあ!」
おべんとうをつついていた一実(かずみ)が、箸を私に向けて声を上げた。
「やっぱ私の言ったとおりじゃん。その女とまだつきあってるんだよ、きっと」
「それはないよ!」
細めた目でこっちを見ながら玉子焼きをほおばる一実に、つい大声で反論してしまう。
「だって、もう別れたって言ってたもん!」
愛と正義の赤ちゃんごっこ【7ーA】
汚れたティッシュペーパーを丸め、溜息をつく。机の脇へ投げつけると、それはゴミ箱の縁に当たり、絨毯の上にぽとりと落ちた。PCのデスクトップでは、愛ちゃんの画像が優しく微笑んでいる。
今頃ギュンターは「試験勉強を手伝う」という大義名分の下、まんまと自室へ連れこんだ美少女を劣情の赴くまま弄んでいるのだろうか。もはや僕には、愛ちゃんと自分が愛し合っている様を思い浮かべることすらままならない。想像
愛と正義の赤ちゃんごっこ【6ーB】
蛍光灯を反射してピカピカ光るフローリング。ひろいリビングのあちこちにあるめちゃくちゃ高そうなインテリア。テレビに出てくる芸能人のマンションみたいだ。
「いいなあ。こんなとこに住んでみたい」
私がそう言うと、大きな白いソファーの上でギュンちゃんはにやっと笑った。
「いっしょに住もうか?」
「ほんとに?」
「こんな部屋に住んでるとさむざむしくってさ」
私もソファーに座って、ギュン
愛と正義の赤ちゃんごっこ【6ーA】
ピンクの制服を着たウェイトレスが忙(せわ)しげに目の前を通り過ぎていく。制服と同系色で彩られた店内は、学生と思しい集団を中心に若者客でごった返している。テーブルの間を駆けまわるウェイトレスを目で追っていると、愛ちゃんの制服姿を想像してしまう。
「お待たせいたしました。ジャンボストロベリーパフェでございます。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
ウェイトレスに会釈をして、パフェの生クリー
愛と正義の赤ちゃんごっこ【5ーB】
「なにやってんだ! はりつけ! とめろ!」
グラウンド中に響きわたるギュンちゃんのどなり声。男の子たちが一生懸命ボールを追いかけていく。あーあ、また入れられちゃった。これでもう、3点目だ。
「意外と熱血なんだね」
私がそう言うと、ギュンちゃんはにやっと笑った。
「きょうはせっかく愛ちゃんが来てくれたからさ、コーチとしてカッコいいとこを見せようと思って。どう?」
「うん、カッコいい