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【詩】アパホテルになりたい

幼い頃、大きくなったらアパホテルになりたいときみは言った。アパホテルで働くのではなく、アパホテルの建物そのものになりたいときみは言った。それは紛れもなく無邪気で広大な夢に違いなかったし、あの頃のきみであればおそらく実現可能な、現実味を帯びた素晴らしい夢であることに違いなかった。

天真爛漫な可憐さを勢いよく炸裂させるきみの世界は限りなく澄み渡っていた。打算もなければ思惑もない。きみの世界は美しかった。純粋無垢だった。そして無限の可能性が秘められていた。

遠くのアパホテルを見つめるきみの真っ直ぐな眼差し。CMを真似て「アパ!」と口ずさむきみの弾んだ声。アパホテルカレーが欲しくて泣きじゃくるきみの大粒の涙。その全てに透明感があり、爽快感があり、揺るぎなさ、凛々しさがあり、そして儚さがあった。

夕暮れ時、アパホテルの入り口付近で佇んでるきみはカッコいいと思った。泊まるわけでもないのにエントランスで知った風な態度をとる様はクールだと思った。ぼんやりとした顔つきでアパ社長の真似をする様子もなかなかイカしてると思った。

成人したきみは、結局アパホテルの建物になることはなかったし、ましてやアパホテルのスタッフとして働くこともなかった。けれどあの頃、ぼくの小さな宇宙は、きみとアパホテルだった。いや、違う。きみは将来アパホテルになる予定だったわけだから、つまりぼくの宇宙は、きみだったんだ。それがぼくにとっての全てだった。かけがえのない客室だった。必要最低限の広さに集約された、唯一の宇宙だったんだ。



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