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小4息子、甘ったれ問題についての話。

夏休みの午前中。「宿題は終わったぽよ!」と既に宣言済みの息子はyoutubeを見ており、私はPCに向かってnoteを開いている。
……というごく平穏な時間のさなか、唐突に息子が立ち上がって叫んだ。

「かまってぽよーーーー!!」

へっ!?

外気温は既に32℃、室内のエアコン設定は28℃。どう考えても寒いとは思えない気温の所に、ひざ掛けを背中にマント上に羽織った状態の息子が突撃してきて、無理やり私の椅子とデスクの間に割り込んで、膝の上によじ登ろうとする。えぇぇ暑い暑い嫌だぁ!!
仕方がないので「毛布はそこに置きなさい、毛布は」と手放させつつ、自分は椅子に座ったままで息子と向き合う形で抱っこして、背中を撫でた。

なでなで。なでなで。

「えーと……『かまう』っていうのはコレで良いのかね?」

「いいぽよ!気持ちいいぽよ~」

ま、満足しているなら良い、のか?

背中を撫でているのは、単に息子が「なでてぽよ~」と要求してくる事がしばしばあるので、今回もとりあえず撫でてみているだけだ。が、とにかく抱っこしていると、重い。満9歳、既に小学4年生の息子は、体重25キロを超えている。
よくぞここまで懐いたものだ……と、ヘソ天の大安売りをして転がる犬を見ているような気持ちになりつつも、どうにも不安が沸いてくる。

「星のカービィ」を真似て「ぽよ」を常に語尾につけているのはまぁ、良い。こちらもだいぶ慣れてきている。

半年ほど前にどういうわけか気に入ったらしいひざ掛けを、夏になったのにまだ常時持ち歩いているのも、とりあえずは家の中だけだし、手放すことが出来ないわけでもないからまぁ、良しと……しても良いだろう、と信じたい。

でも、小4男児で母親の抱っこが要るのはどうなの?大丈夫??
小4だよ?小4って早い子だったら思春期とか反抗期とか始まりかねない年齢なんじゃないの???

撫でられながら「ぽよ~~~~」と謎の鳴き声を発している息子は大変満足そうだが、私は大困惑である。っていうか暑い。25キロ、推定36℃の湯たんぽと化している息子を抱っこしているせいで、早くもじわじわと汗が滲んできている。

まぁ、息子が甘えてくるのは今に始まったことではない。だが流石に4年生になってからは「抱っこ」をせがまれる頻度も減っていて、いい加減大丈夫なのだろうと思っていたのだが。
まだ要るのか、抱っこ。これ、拒絶しない私の方にも問題あったりする?
特に不都合があるのかと言われると、他に兄弟がいるわけでもないし、取り立てて不都合はない。ないのだが、「自分が小4の頃どうだったか」と考えると、あまりの差に頭がくらくらしてくる。

いやいや過去の自分と比較するのは適切ではない。幼少期の私は精神年齢が高めだったが、それは必ずしも「正常」とは言い難い環境にいたせいかもしれないし、そもそもの個性の違いもある。母親に甘えたいと思わなかったのは単に当時の私の都合であって、母親を好きだと心の底から思ったり言えたりする状況だったら、私だってもう少し長い期間甘えていたかもしれないし。

やー、やー、でも、いくら何でもコレはどうなの??大丈夫??
こういうのって実は息子が既に愛着障害的な何かの問題抱えてたりしない?最近は大丈夫だとは思うけど、過去に私が息子に何らかの毒親っぽい影響を与えたとか、特に3歳以前の息子を毎晩死んだ魚の目であやしながらメソメソ泣いてたせいだったりしない?でも、母親に正しく抱っこを要求して、それが叶えられているだけだから別に問題ないのか??

「可愛い」と言えば可愛いのだろうが、それで済ませていい問題なのかどうかが分からない。あまりに「普通の小4男児」のスタンダードが分からなさすぎる。
このまま放っておいていいのか、止めさせた方が良いのか、また別の何かを考えるべきなのか……うーん、分からん。

そんな葛藤を抱えながら息子の背中をナデナデし続ける内、息子は突然「もういいぽよ!」と宣言し、私の膝から降りて、元の位置へと戻っていった。

そ、そうか。もういいのか。

所要時間、およそ10分。あまりにスパッと切り替えられすぎてしまってちょっとついていけないが、「抱っこ」が足りたなら何より……と思って良いのだろうか。

うーん、何だったのだろう。オキシトシンの補充でも必要だったか?

どうあれ息子が下りてくれたので、軽くなったし涼しくなったし、何より視界が塞がれていたのがなくなって良かった。
ようやく見えるようになったモニター画面で、Googleの検索窓に「子供 甘え」と入力すると、予測変換で「子供 甘えてくる いつまで」というのが出てきた。世の中、意外とこういうことで悩む親は多いのかもしれない、と希望を持ちつつポチっとする。

さて、検索トップにいきなり回答が出た。

家庭教育の専門家である田宮由美さんは、「子どもは心が自立していくと、自然に親から離れ、甘えてこなくなる」としたうえで、「強いて時期を言うとすれば、9歳か10歳くらい」と言います。ですが、これはあくまでも目安であり、「子どもが甘えてこなくなるまで、充分甘えさせてよい」のだそうです。

こどもまなび☆ラボ


そ、そうか。そうなのか。
今息子は満9歳半ぐらいだし、それなら特に異常というほどでもなく、仮に普通より遅かったとしても大した問題はなく、そのまま甘えさせて構わない、ということか。

念のため「スキンシップ」「ハグ」「抱っこ」など検索語を変えながら複数のサイトを見て回ったが、概ね同じような内容が述べられているように見えたので、これが結論で問題なさそうだ。やれやれ、一安心である。

毒親育ちの私には、「ごく普通の親子関係」がどういうものか、が分からない。
配偶者に相談して何とかなる家庭ならばそれで良いだろうけれど、私の場合は夫も毒親、あるいは機能不全家庭育ちと思われる節があって、これまた当てにならず、正常な家庭のサンプルが圧倒的に不足しているのである。

しかも私にはママ友がいない。まぁ、ここは仮にいたとしても、息子の甘ったれな話を息子の同級生のお母さんなんかに話したら、息子の面目が立たないだろうから、多少知り合いがいたところで結局状況は変わらないはずだ。――と、これは単に自分の交友関係の狭さを正当化しているだけなのだが。

ともあれ、やはり頼りになるのはGoogle大先生である。インターネットがある時代で良かった。信じるべきは人類の集合知。Googleは裏切らない。いや、たまに裏切ることがあるので気をつけなければいけないけれど。

しかしそうか、問題ないのか。ならばたまには、抱っこしてやっても構わないか。


――と納得して一日が過ぎ、夕飯を食べている最中のこと。

私の隣に並んでご飯を食べている息子が、ふと何故か私の肩に頭を寄りかからせてきた。

「……どうしたの?」

「なんか寂しくなったぽよ~」

えぇぇぇ!?

何処に寂しくなる要素があったのか。私と息子は本日、一日中家にいたのである。
確かに今日の午後、息子はそれなりに長い時間、ゲームをしたりおもちゃで遊んでいたりして、私にあまり絡んできてはいなかった。だが同じ家の中で、息子が一人で遊んでいて、私は私で別の事をしていたというだけの話だ。これで寂しいと言われても、一体どうせぇっちゅうんじゃい!と言いたくなるレベルの話である。

「……とりあえず、ご飯食べてる時にはくっつけないから、早くご飯食べちゃいなさい。後で抱っこしてあげるから」

「はーいぽよ~」

これは午前中のアレで味を占めただけじゃないか?
っていうかこれ、「甘えさせる」ではなくて単なる「甘やかし」なような気がするぞ…!!

食後の洗い物を済ませた後、再び息子を10分ほど膝の上で抱っこしながら、私は「甘えさせる」と「甘やかし」の境界線についてまた悩む羽目になったのであった。

育児って難しい……ですね……!?

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