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海と山(シイとマント)

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海と山④(シイとマント)

儀式の会場に火を灯す銀色の燭台を手入れしている時、ふと自分の手を見下ろしてそれがいつもとちがうと感じられることにシイは気がついた。あたりは騒がしく、年配のシイたちがところどころにコロニーを作るようにして固まり、時折高い声をあげて笑いあっている。音楽ともつかないような音の破片、それから料理をしているのか、火の付く音、硬いものがぶつかり弾けような音、それはたぶん赤ん坊の頃から、かたわらにある温度のよう

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海と山(シイとマント)③

森は、いつも唐突にある。
マントたちが作った道は、無骨で土が露わになっているだけのものだったが、不思議とそこには木立も草も生えてこない。その道はだいたい、生活や狩り、話し合いをする場へと向かって伸びていて、その中にはもう使われなくなったものも何本もあるのだった。マントは道を次々と作り続けた。誰も止めないからそれは増え続けた。それはマントそのもののように、いろんな場所へ手を伸ばし、それから食いつぶし

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(小説)海と山②

シイたちは言葉をもたなかった。その代わりに呻くような鈍いおと、それは獣のような、あるいはただの風の呻きのような音で意思疎通をした。これを聞いた多くのマント達はそれを笑うのだった。マントは理路整然と明瞭に話す声を持っていたからだ。マントとシイが一緒にいたころ、マント達が昼間から自分達の子を従えて作った唯一の祭壇である焚き火を囲んで議論に没頭している傍で、シイ達は暗闇に溶けたままで昼間見た情景を思い出

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(小説)海と山①

「そんな考え、初めて聞いた!ぼくたちは月からうまれて、月に見守られて育ってきた。月は僕たちの一部みたいだったから、過去のもの、みたいに考えるなんて」

シイの男の子は言った。

小さい頃から仕事が終わったあとに森の中に入り裸足のまま当てもなく歩き回り、まるで迷いこんでしまったかのようにふるまう遊びが好きだった。何も持たないわたしを、いつも唯一それだけが落ち着かせてくれた。
森の中にいると空気は冷た

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