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中世の豊穣な海を旅する。『戦国時代を見た中国人 』上田信

15世紀から16世紀は、日本でいえば室町時代から戦国時代。中国は明の時代。高校日本史の教科書にも載っている「日明貿易」は、遣使ならぬ遣使が「勘合」(=通行証)を持って、海をわたり、中国のルールにしたがって交易をしていました。

ただし、密貿易をする人や海賊もいたので、16世紀の中国人にとって、直接知ることのできる日本人は野蛮人。当時の百科事典にも、中国の海岸にやってきて収奪、強盗する「倭寇(わこう)」と書かれていたそうです。現代の研究では、倭寇が日中その他混成チームで、中国出身者が多かったことがわかっています。

上田信『戦国日本を見た中国人』3頁。

さて、野蛮といわれた戦国時代のターニングポイントは、なんといっても鉄砲伝来。1543年、中国人が船主の船が種子島に漂着し、同乗していたポルトガル人によって鉄砲が日本に伝えられました。以後の戦い方や武具、お城の造りも変化して、信長や秀吉による日本統一が加速されたと言われています。

でも、本書を書いた上田先生いわく、鉄砲よりも火薬や銃弾の原料が重要。たしかに、火薬や銃弾がなければ鉄砲はただの鉄の棒。当時の火薬の原料のうち、木炭と硫黄は日本国内で入手できるけれど、硝石と鉛は海外から輸入する必要がありました。つまり、新しい武器を大量に使うには、「海のルート」を掌握することが大事だったというわけです。

当時の中国は、海外との貿易を制限していましたが、日本人だって中国人だって儲けたいのは同じ。まともな仕事につけないなら、せめて海外で一攫千金狙いたい。そんなわけで、軍需物資などを密貿易に関わっていた日本や中国出身の商人の中から、武装して海賊になり、中国各地を荒らし回る一派がでてきます。それが冒頭の「倭寇」というわけ。

室町時代、足利義満は明から「日本国王」と認められ、中国に使者を派遣して貿易を始めました。ところが戦国時代になると、貿易を維持する力がなくなってしまいます。代わって中国に使者を派遣したのが、堺を拠点にしていた細川氏と、山口が拠点で博多や兵庫にも権益を持っていた大内氏。彼らは主導権争いをして、とうとう中国で襲撃事件までおこしてします(寧波事件)。

そんな時代、民間人ながら中国の使者として、日本に行く決意をしたのが鄭舜功(ていしゅんこう)。本書の主人公です。鄭は日本に行って「国王」に会い、関係改善を話し合って、一緒に倭寇を取り締まろうとしたようです。

政府の役人よりも、民間人の行動力があったり、皇帝が許可する貿易ではなく、密貿易が盛んになって取締不可能になったり。日本が戦国時代なら、中国の中世も激動の時代。鄭舜功は、公式な身分を与えられなかったものの、地方官の許可を得て、日本に向けて船出をしました。

ところが、鄭舜功が苦労してたどり着いた日本では、「日本国王」(=将軍)の権威はすでになく、話し合いの努力も虚しく、成果はありませんでした。しかも、彼が中国に帰ってくると、地方官は別の人になっていて、鄭は問答無用で逮捕され、7年も幽閉されてしまいます。

そんな鄭舜功が、獄中で書いた『日本一鑑』は、当時としては貴重な資料です。なぜなら、ちゃんと日本に行った中国人が書いた日本の記録だから。詳細な海のルートだけでなく、日本の地理や王宮図、京都の街路図のほか、見聞きした日本の文化も書かれていて、日本語辞典のように天文・鳥獣・花木・身体・衣服・飲食などの日本語発音がまとめられている巻もあるとのこと。

もちろん、『日本一鑑』には間違いもありますが、それでもやっぱり貴重です。当時の日本について書かれた本は、日本を見たことがない人たちが、伝聞で書いたものばかり。さすがに、古代の有名な『山海経』のように、怪物や妖怪だらけではなさそうですが……………

上田先生のこの本は、鄭舜功の書いた『日本一鑑』を再構成して、現代の私たちにも読めるように紹介しています。それに加えて、中世の日本と中国の両方について、社会や文化を詳しく補ってくれています。痒いところに手が届く、中世東アジアの海の旅。読んでいるだけで船旅気分です。

私は以前、愛媛で仕事をしていたり、高知好きな友達がいたりしたので、鄭舜功や彼のライバルたちのルートに四国の地名が出てくるとワクワクしました。要所、要所で九州や四国の港の地図があるのもうれしい心配りです。

あと、現在進行形で大阪在住な私には、堺の街や商人たちの話、貿易の話がおもしろくてたまりません。最近は世界遺産の仁徳天皇陵に注目が集まっていますが、堺市博物館にはちゃんと中世の展示もあります。

鄭舜功が、沖縄あたりの海で初めてトビウオの群れを見て、わくわくした気持ちって、たぶん今の私たちと全然変わらないはず。彼が、<トヒイヲ>の翼は尻尾まで長くないとか、30センチくらいの大きさなのに数メートル飛ぶとか、細かく記録しているところ、すごく親近感がわきました。

この本を読んで、ずっと気になっていた『村上海賊の娘』を手に取るか、どうかどうか考え中。そして、本の中でちらっと出てきた真珠の話もすごく気になります。


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