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ふるさとの思い出。懐かしい記憶。『怪談・奇談』 ラフカディオ・ハーン


小学生の頃、母親の本棚にあった中で、とても好きだった1冊。「耳なし芳一のはなし」や「雪おんな」、「ろくろ首」など、よく知っている昔の話がたくさん載っていて、しかもそれは子供だましではなくて、本当に大人向けの怖い話なのだ。

母親は東京生まれ。どういうわけか、信州の田舎の村にお嫁に来たのだけれど、嫁入り道具や着物とかはあんまり使われない2階の北側の部屋にまとめてあった。身近に本屋がなかったから、母親の本棚は、私にとって「屋根裏部屋の秘密の箱」みたいなものだった。

小学生に、大人向けの本は難しい。しかも、この本の初版は1956年。当然、難しい文体に細かい字の古い印刷だ。だけど、それがまるで暗号で書かれた秘密の暗号みたいに思えて、買ってもらったばかりの漢字辞典をひきながら、宝探し気分で読んだ記憶がある。

古くてボロボロな本には、ところどころに鉛筆で怖い挿し絵というか、落書きがしてあった。それは、手首だけが背中からニュっと出ているとか、本の中の話の一場面をリアルに切り取っていて、それはもう怖かった。でも、「怖いもの見たさ」の好奇心はそれ以上に強かったんだと想う。大人になって、その本の話を母親にすると、なんと自分の本じゃないとのこと。「友達からもらった本だから、多分友達が描いたのだろう」と。驚いたけど、納得した。母は書道がうまかったけれど、絵心とか想像力はイマイチだったから。

大人になって、TVでラフカディオ・ハーンこと、小泉八雲(1850-1904)の番組を見た。ギリシャ人の母親とイギリス人の父の間に生まれたハーンは、ギリシャ、アイルランドで育ち、フランスで学んで、アメリカを放浪。さらに西インドを経由して、明治の日本にやってきたそうだ。

ハーンは最初に訪れた島根の松江をとても気に入り、英語教師をしつつ、日本研究をしたとのこと。氏族の娘だった奥さんと結婚して、彼女の話を聞き書きし、民話や伝承を集め、たくさん著書を書いた。『怪談・奇談』はその中の選りすぐり。TV番組の内容は、ハーンを名を借りた「伝統日本」賛美で、「古き良きギリシャを日本の伝統文化の中に見つけた」みたいなことをナレーションしていた。

でも、文庫本のあとがきをみたら、ハーンが気に入っていたのは松江だけで、のちに住んだ熊本や神戸は気に入らなかったとか。ハーンはずっと松江にいたかったのに、健康問題があって日本海側では暮らせなかったとのこと。1896年、東京帝国大学で英文学の先生をしたけれど、あまり気に入るものではなかったらしい。任期がきたらさっさと辞めて執筆に専念している。その後、早稲田大学から熱烈オファーされて講師をしたけれど、健康に問題があり、1年後に突然の狭心症で亡くなった。享年54才。

彼が好んで著書に書いた「旧日本」は、彼のロマンティシズムを表現するのに好材料だったからで、それはしばしば贔屓のひき倒しになっていることもあるとのこと。翻訳者が、やんわり「解説」で教えてくれている。

子供の頃は、怖い話や不思議な話にしか興味がなかったし、そもそも「あとがき」とか「作者の紹介」なんて読み飛ばしていた。けれど、大人になった今は、小泉八雲について、もっと知ってもいいかなという気持ちになっている。



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