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リアルな海賊たちのお話。『南海の軍閥 甘志遠 日中戦争下の香港・マカオ』蒲豊彦


日本占領下の香港で「南海一の海賊の親分」の異名をとった甘志遠。彼が戦後、書き残した『自伝』があるそうです。インタビューとか『自伝』は、取り扱い注意。歴史を調べたいときは、本人の書いたものをそのまま信じるのは絶対ダメです。人は、意識するかしないかにかかわらず、自分に都合の悪いことは隠そうとするし、記憶違いも勘違いも山ほどありますから。

だから、新聞でもTVでも、ちゃんとしたところは別の史料で確認をとります。研究者にとっても、当然この確認手続きは外せません。中国研究の蒲先生は、この甘志遠の『自伝』を見つけて、別の資料やインタビューで内容確認して、解説をたくさんつけて読みやすくまとめたそうです。

主人公の甘志遠は、辛亥革命の前年、1910年に上海で生まれました。その後、日本の大学に留学して、帰国。中国政府の通信技官になります。ところが日中戦争が始まってしまい、さらに日本は英米に対しても宣戦布告をしました。甘志遠は、それまでの仕事でやっていけなくなり、各地でいろんな仕事を転々として、ついには香港・マカオ周辺を支配下に納める海賊になります。

こんな突拍子もなさそうな、リアル『ワンピース』みたいな物語。ちょっと想像がつきませんが、甘志遠という人は乱世に強い人だったようです。19世紀後半から20世紀にかけて内戦続きの中国。各地に軍閥が割拠して、軍隊や警察があてにならなかった時代。一般の人たちも、武装しないと自分たちを守れませんでした。

南シナ海沿岸では、入り組んだ複雑な地形を背景に小さくて足の早い船に乗った中国人たちが、密輸や戦闘を繰り返しながら、日本軍や中国軍とも複雑な関係をつくっていきます。

中国軍も日本軍も、地元の地理に詳しい海賊を味方につけたいから、上手いこと交渉して、自分たちの軍隊になったことにして、それらしい名前をつけます。でも、海賊は戦況が変わったり、都合が悪くなると逃げるし、裏切ります。明日の運命は頭の良さ、度胸、運まかせ。もう、本当にカオス。

良い鉄は釘にならない。良い人は兵隊にならない」というのは中国のことわざですが、本来、海賊とは無縁だったはずの甘志遠が、中国の内戦や日中戦争の中で、技術者から軍隊へ、密貿易から海賊へ、そして日本との協力から中国軍へとめまぐるしく立場を変えて生き延びます。

混乱の時代を実力ある人物が生き抜こうとすると、結局こういう風になるんだろうなあという見本みたい。いやでも、見本にしては、特殊かな。とにかく、戦争に翻弄されながら自分の力で荒波を泳ぎきった人生は読み応えありすぎです。ノンフィクションとは思えません。


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