見出し画像

【詩】時間旅行者


連続した時間のなかでは、私はいつでもそこにいました。強いかぜが吹いて向日葵はそっぽを向いてしまいました。人のあたたかさを知りたまらず逃げ出した黒猫が通りを駆けていきました。コールドブリューの淡い色のコーヒーは私をどこにも連れ出してはくれなくて、ただのどの渇いた私を少し湿らせ、夏の日差しの中に送り出すのでした。

この世界では、美しいものをつくるのとマシナリーに手をはやく動かすことは等価で、ときどき私は悔しい思いを抱くのでした。黒い猫はいつか裏切られるのをこわがり、ならば自分からと差し出された手を噛みました。

がらがらの地下鉄に乗って長い間目をつむっていると、目が醒めたとき途方もなくとおくへ来てしまった気がしました。みんな何百年も何千年もまえに死んで(正確には、懸命に生きて、そのあと死ぬ、のですが)、私だけがひとり小包を届けにメガロポリスをめざしていました。私は小包のなかの爆弾をぎゅっとかかえて落とさないように細心の注意をはらいました。終点のひとつ前の駅に停まったあと、列車はぐんぐんとスピードをあげて無人の大都市にぶつかりました。轟音がして、都市は崩壊し、ようやく私はみんなに会えるのでした。

突然、自分がネクロマンサーになった気がしました。また同時に、私は未来人であり、時間旅行者でもありました。むかし私は生きていました。いま私は息をしています。そして未来でも私は私自身がかぜや、夕暮れや、虫や、ソースコードの中に息づいていることを知っています。何回か死んだこともありました。

連続した時間のなかでは死ぬも生きるも等価で、どちらにしてもささいなことでした。みんな生まれてから知らないうちに、ほかの誰かが生んだものの恩恵を受けて未来をめざしていました。あるいは過去のある時点を切り取ったとしても、まだそこで生きつづけているのでした。そういったものの断片のなかにも、私は私を発見できました。ふと私は、お母さんに左利きを直さずにいてくれてありがとうと感謝したくなりました。それは世界を再び愛する気持ちと同義でした。私はその瞬間、どこへでも行けるのでした。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?