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翠さんの隣の残念な庭

◇◇ショートショート

港町の高台にとても若々しい70歳がいた。彼女は「奇跡のみどりさん」と呼ばれていた。
見た目は40代、肌はつややかでしわやシミもなく、どんなことに対しても前向きで生き生きと生活していた。彼女の若々しさには街の誰もが驚いていた。

近所の奥さんたちは翠さんによく質問していた。
「翠さん、いったいあなたは何をやってその若さを保っているの」
「何か特別なものを食べているのかしら」
「どこの化粧品を使うと、そんなに美しい肌になるの」

「こっそり、美容外科に通ってるんでしょう」なんてシビアなコメントも投げかけられていた。

翠さんは特に特別な事をしてるわけでもないので、周りからそんな風に言われても「えー、私は何にもしてないんだけど」と答えるしかなかった。

翠さんの若々しさは、街の七不思議になっていた。

翠さんの家の隣には大きな洋館があって、その家のアプローチには季節の草花が植えられていて地域の人たちを楽しませていた。
ところがある日、洋館の主が突然いなくなって、庭の草花が伸び放題になっていた。

その庭の花を見るのが楽しみだった翠さんは、誰に頼まれることも無く洋館のアプローチの草花に毎日水をやり、雑草を引いて、その館の周りの草花を育てていた。

翠さんが庭の手入れを始めてすぐに、翠さんのもとに毎月ドリンクが送られてくるようになった。三センチくらいの小さな瓶に入った琥珀色の飲み物だ。数えると丁度一か月分のドリンクが入っていた。

初めての宅配には、手紙が添えられていた。
「あなたの優しい心遣いが嬉しくてお送りします、あなたの心がきれいだからこれを送るんです、本当にありがとうございます、毎日一本ずつ飲んでくださいね、きっと素敵な事が起きるはずです、でもそれは誰にも言わないでくださいね、あなたと私の秘密ですから」という内容だった。

翠さんは、何も疑わずそのドリンクを毎日欠かさず飲んでいた。それから翠さんはドリンクを飲むたびに少しずつ若返り、歳を重ねてもその美しさとパワーを失うことが無かったのだ。

翠さん本人はそのことに少しも気付いていなかった。

余りにも度々「奇跡の70歳」と言われるので、「もしかして、あのドリンクかも・・・」とやっと気づき始めた翠さんは、ある日そのドリンクの事を仲のいい友人に話した。
「私の若さの秘訣は、もしかしたらこのドリンクのせいかもしれないわ、あなたも飲んでみる」翠さんはそう言って親友に飲み物を分けてあげた。

するとそのドリンクを飲んだ親友は、ほうれい線が消えたのだ。翠さんは「これが私の若さの秘密だったんだわ、どうにかこのドリンクの入手方法を見つけないと」と思った。

翠さんがそう思った翌月から、その奇跡のドリンクは彼女のもとには届かなくなった。

そして、残念な事にその日から翠さんの若々しい姿は一変した。

彼女は隣の庭の手入れもしなくなった。
いつしか、洋館の庭は荒れ放題になって「翠さんの隣の残念な庭」と言われようになった。


翠さんは思った。私の秘密、誰にも言わなければよかったと。



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