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第26巻

常に先行していたライバル英雄に主人公・比呂が追いつこうとしている巻。二年生のお終いから三年生への春。普通なら野球一色になりそうなターンなのに恋愛の話で終始するのがあだちさんらしい力の抜き加減。
とは言え、実はあだち漫画でこれだけ恋愛の話しが続くのも珍しい。なぜなら「幼なじみ」があだち漫画の特徴。『H2』は幼なじみへの思いを振り切ろうという少年のドラマなのでこういう展開になる。
春華に恋する三善という少年が都合七話出てくる。三善への嫉妬を通して比呂の春華への気持ちが明確になっていく。あだちさんは三善をシンプルなヒールにしている。三善は使い捨てのキャラクターなのでこう言う割り切り方は大切だと思う。

第2話 うまくやれよ
全体は緩やかな四幕構成。
P23~P28 木根
P29~P33 小山内
P34~P36 比呂
P37~P40 小山内

いくつかの恋愛話が同時進行。木根と小山内は基本的には一つの話。この二人が障害を乗り越えて、くっつくための話である。ここまでこの二人は(読者にとっては)思わせぶりに接近を繰り返してきたので、そろそろ回収しておく頃合いだろう。
話の転換に比呂を持ってきて、主人公の確認を読者にしているのが、手堅く上手い。

描写ではまずP27、P28の格闘シーンが目を引く。『ラフ』の合気道もそうだが、存外にこう言うシーンが上手い。それは実は野球のシーンの上手さと共通する手法をとっているからだ。
蹴りなら蹴り、バッティングならバッティングを一つの動作ではなくたくさんの細かい動作の積み重ねと考える。分解写真を思い浮かべると良い。その中で一番動きのわかる絵を抜き出してあがくのだ。

もう一つの見せ場がP30。特に意味もなく女子更衣室の更衣シーン。なんでもいい場面なら目を惹く絵を入れる。プロである。


第3話 バラした
キャラクターを作る時に考えることが二つある。
一つはキャラクタが欲しいものはなんであるか決める。
もう一つはキャラクタに何が必要なのかを決めることである。

木根と小山内の欲しいものは恋人である。その恋人は評判が良く見目にも麗しい人でなければダメなのだ。自分の気持ちも相手の心も関係ない。それが木根にとっては、社長令嬢で成績優秀な美女、古賀春華。小山内にとっては高校球界のモンスター、見るからに好男子の橘英雄。

しかし、彼らに本当に必要なものは何か。それが読者にわかる回で、一見何でもないやりとりの中であだちさんの人物描写の巧みさが光る。

ここで二人が立ち向かう問題は
恋人のふりをしてくれる相手を探す
という同じモノである。
その問題を二人は別々に、だが同じ方法で解決する。ここまでもことあるごとに似たもの同士であると描かれてた二人だが、ここに来て本当に同質だって言うのがわかる。会話は木根がリードしながら続くが、木根の言葉は小山内の言葉になるし木根の思いは小山内の思いなのだ。

セリフが素晴らしい。
「たとえ演技の役でも」
のセリフで、この二人には何が必要だったのかがわかる。そして
「バラすさ」
で、木根たちの内面を表す。厚顔のように見せながら、人の真情を無碍にはしない優しい心持ちだとわかる。
「どこにホレたのかな」
との呟きでは、普段の厚顔さが弱い自分を懸命に奮い立たせた結果だと読者に気がつかせる。
一呼吸おいてから小山内が「見当もつかないわ……」と漏らすのは、自分にはわかるという合図。
何話もかけたお話を5ページでさらりと終わらせるのはしゃれてるし、5ページに濃縮できる技術も素晴らしい。

第5話 怒ってなんかいねえよ

全体は緩やかな四幕構成。
P77~P82 比呂+春華
P83~P86 三善
P87~P88 比呂
P89~P94 比呂+春華+三善
P86と87で大きく二つに分かれているとも言える。
この回は動きはほとんどない。こういう時のネーム作りは悩ましい。セリフや状況説明が多くなってしまうから。大事なのはこの回の主役が誰なのかハッキリ認識し、それ以外のキャラクタは主役のためにいるのだと割り切ることである。
第5話の主役は三善である。当然のように比呂がたくさん出ているが三善なのである。
どうしてそれがわかるかというと、出てくるキャラクターが三善に絡んでいくからだ。主役は絡みに行かない。絡まれるモノだ。
順に見ていこう。比呂+春華パートで比呂は三善の言動が頭から離れないし、それが彼の気分を左右している。春華は比呂の気分に大きく影響されているが、それがまた三善の主役ッぷりを強調している
続く三善パ-ト。本筋とは関係のなさそうな柔道の話しを延々と見せる。これは大胆なテクニック。読者はどうやら三善が技…罠を仕掛けたらしいと理解する。どうしてわかるかというと、このパートの最後の三善の顔が、柔道以外に心奪われていることを表しているからだ。このパートがあるから四幕目での三善の不可解な行動を読者は理解できる。登場人物より先に読者が事態を把握するというのはサスペンスの基本技。
次の比呂パートの木根は早めに練習を抜けてデートに出かける。が、それさえも三善の主役さを演出するためのものになっている。
四幕目、比呂+春華+三善パートで三善を先に見つけるのは比呂だ。ここでも主役は絡まれるを徹底させている。

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