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第12巻

動き始めた千川高校野球部+比呂。ライバルの明和第一+英雄、栄京学園+広田の動きも描写。やがて近づいてくる栄京学園との対決と水面下での動きも描かれている。
が、印象的なのは四人の男女。特に、第3話でキスしてしまった比呂と春華、それをみて動揺するひかり…嫉妬、恋などが丁寧に描かれているのがこの巻の特徴だ。

第5話 オーレ
大きな二幕構成または緩やかな四幕構成。
P77~P86 広田パート  うちP83~P86 監督による広田の話
P87~P94 ひかりパート うちP91~P94 ひかりと英雄

どちらもそのパートの主役の内面を語っている。
特に素晴らしいのは、ひかりパート前半。比呂と春華のキスシーンを思い出して心乱れるひかりを描いている。ここであだちさんは三つのテクニックを披露している。
最初は、弓道部の練習中、弓を構えながらひかりは目を閉じてしまう場面。射る場面で目をつぶるんだからただ事ではない。読者は何かを感じる。
ここで何が起きてるのかはとてもわかりにくい。
しかし、あだちさんは敢えて読者に寄らない。読者の読み取る力の発揮を期待するように、強いるように静かに場面を進める。
続いて矢を外したあとのセリフ、
「やっぱり
 …ダメか。」
ここであだちさんは一転、読者にヒントを出す。「やっぱり」と言うからには前々からわかっていたことなんだよ、と。
前々から…というと、本巻第3話以降尾を引いている比呂と春華のキスシーンだ。凡百の漫画家なら回想でキスシーンを出すところだろうが(ボクもやるだろう)あだちさんは、そこを堪える。読者を信頼するように、試すように堪えているようだ。

「伝わないかも知れないけど語らない」+「ほんの少しだけ伝える」=「語らないで伝える」

絶妙のテクニックである。
三つ目が第4幕でのひかりと英雄のやりとり。
読者はここまで、目の前に浮かぶ何かを振り切ろうと足掻きしくじったひかりを見てきた。
最後の幕ではもっとも頼ってはいけないとわかっている英雄に逃げ込む。ひかりの弱さが伝わってくる。また、強い彼女が耐えきれないほどの比呂への思いが感じられる。
それらを、自ら練習をサボること、英雄に練習をサボらせることで表現している。

第7話 ひかりィ

本回は見事なキャラクターアーク描写を見て欲しい。特にひかりの揺れを描いて秀逸である。
ロードワークを抜け出した二組のカップルが喫茶店で出会ってしまう。比呂と春華はただのサボりだが、ひかりはともすれば比呂に持って行かれそうになる心の動揺を抑えて欲しくて英雄を誘ったのでる。
ひかりの揺れは第4話以降細かく丁寧な描写をされ続けてきている。読者はここで比呂+春華にひかりが嫉妬して動揺を深めると予想を立てるだろう。だが、あだちさんの作り方はさらに巧妙である。
春華を後景にして、比呂+英雄でひかりを動揺させるのだ。

きっかけはP119。これが第一プロットポイント。ひかりは子どもの頃の思い出に引きずられ、比呂と英雄を比べてしまう。
どちらも野球一筋なのに、英雄より幼なじみの比呂の方がひかりの好きなものを知っている。共通する記憶もたくさんある。
また英雄もひかりとの折衝を比呂に任せてしまう。そして自分は自分で比呂とのいちゃいちゃを楽しむのである。
恋人同士である自分たちが、いろいろな意味で比呂に合わせ寄りかかってしまう。それに耐えかねたひかりは、一人店を出てしまう。P124。これが第二プロットポイント。
この第二幕のセリフは本当に素晴らしい。二組のカップルで実際に行われた会話を使ったのではないかと思えるくらいリアルだ。普段から人の言葉に耳を傾け、その後ろにある感情を考察することがこういうセリフを作る第一歩だろう。

ミッドポイントはP122二段目。ひかりが表情を隠したシーン。
ここでひかりは英雄とともに比呂に寄りかかっているのにきがつく。

P130の春華のセリフ「それだけ?」も、目に見えているものより事態は深刻なんだと読者に暗示して上手い。


第8話 わたしのせいかな
本回はまず絵とセリフの関係を見たい。ストーリー漫画で会話劇になる瞬間があるのは避けられない。それをどう処理するか。
一つの方法が本回のP138,139のやり方。ここでは
1 セリフを一コマにたくさん詰めこまない
2 絵の意味を減らす。例えば自転車のタイヤのように、春華が話してるのを表現する以外意味のない絵を使う。
3 人物の場合は真正面から描かない。顔の真正面と背中では、背中の方が圧倒的に意味が少ない
4 セリフの改行は実際の発語の調子を思い浮かべながらする。例えば

あっちの二人は、
国見くんも
ちゃんと認めてる
仲だし。(実際は縦書き)

は、

あっちの二
人は、国見くんもちゃん
と認め
てる仲だし。

とは絶対にならない。また

あっちの二人は国見くんもちゃんと認めてる
仲だし。

ともならない。
セリフは黙読されていると意識し、黙読の時に不都合にならないように改行するのがいい。

手塚先生は一ふきだし=12文字×10行とおっしゃっていたが、ボクは6文字×5行かな、と思っている。

ちなみにふきだしの中に「、」「。」を使うのは現在では小学館だけではないだろうか。これは学年誌を売りにしてる関係である。


本回のもう一つの注目は絵である。P144の英雄のバッティングシーンを見て欲しい。まず腰が動いて、次に肩が動く。一番遅れてバットが来る。打者の動きが克明にわかる(ボクは野球はまるでわからないが、優れた打者はそういう動き方をするのではないだろうか)。
アダ廊下雨gk雨後kがそういうおくれてG日でのHでのん
漫画の中で動きを表す方法は主に二つある。

①シャッタースピードを速くして全ての動きをフォローする
②シャッタースピードを遅くして動きのあるところをぶれて表す。

あだちさんは①の名手。分解写真のどの部分を使えば魅力的に見えるのか、知り尽くしている気がする。
②の名手は森川ジョージさん。『はじめの一歩』のぶれの描写は世界最高レベルだと思う。
この二つの混成表現をする一もいて、ちばてつやさん、井上雄彦さんなどが、それ。
さて、この場面、大きく引くと下の方に×があるように感じられるだろう。二コマ目の英雄のあご先から三コマ目の左足先に向かっての線。二コマ目にはいってるバットの先端から三コマ目右膝までの線がそれにクロスする。その×形を強調するように三コマ目は平行線のトーンが貼られている。
×形は不安定感と安定性、スピード感と固定など様々な感情を人に引き起こす。英雄のバッティングが人目を惹き付ける力があるという描写になっている。
同じ手法が本巻P32の支倉の打席でも使われている。

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