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駅で男は目覚めたシリーズ

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散文詩(無改行、不改行)「駅で男は目覚めた」をまとめています。
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駅で男は目覚めた:

駅で男は目覚めた。そんなことは露知らず、遠い異国の地で眠りについた女がいた。女の名前はエミリー、あるいはイヴ、あるいはジャンヌ、あるいはキャロライン、あるいはネリー、あるいはノリコであった。女は美しい女だった。どの程度美しいかと問われれば、その女を見たことのない人々の、各々の想像力が「美しい女」をイメージし、そのイメージを形作り、そのイメージを一定の期間、保持するのを損なわない程度には美しかった。

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駅で男は目覚めた―

駅で男は目覚めた。正確には、目覚め損ねた。目覚め損ねるという過ちを犯すことを、これほど正確にしてのけることは、未だかつて男の目覚めに際して起こり得なかったことである。おそらくは夢の中でさえ、男がこれほどまでに目覚め損ねることはなかった。男はうーんうーん、と唸り声を上げるが、それは欠伸でも、起き抜けに気道を開こうとする試みでも、声帯の自発的な準備作業でもない。男の精神は確かに目覚めに向かっていたのだ

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駅で男は目覚めた…

駅で男は目覚めた。きっとこれが最後の目覚めであると、男にはわかっていたに違いない。走査するように男の視線は、視界に映る何もかもを、ひとつひとつ見つけていった。男は男の瞼の裏を見た。男は男の睫毛を見た。男は男の眼と眼鏡との間にある空気の層を見た。男は男の眼鏡のフレームを、そしてレンズを見た。男は男の眼鏡のレンズを通して男の眼前の空間を見た。男は男の手と爪と指と腕と手の甲と手の甲に浮き出る血管と第一関

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駅で男は目覚めた!

駅で男は目覚めた。これはその場しのぎの目覚めに過ぎなかった。もちろん、そのまま眠り続けていたとしても、何ら解決の緒もつかめないことは明々白々であった。ならば目覚めたほうがまし、などと言えるほどに状況が切迫していなかったとしたら、それはそれで結構なことだったろう、と誰もが思ったに違いない。いずれにせよ男は、何の計画もなく目覚めたに過ぎないのだし、何の目論見もなく瞬きを繰返したのだし、何の展望もなく大

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駅で男は目覚めた?

駅で男は目覚めた。目覚めると同時に男は絶望した。なぜ自分は目覚めてしまったのか、と男は嘆いた。男は目覚めるべきではなかった。なぜかと言えば、男は目覚めるべきではなかったからである。目覚めるに足る理由もなく、目覚めて良いことなど何ひとつもありはしなかったからである。男が目覚めることで喜ぶ人間は男を含めて一人もおらず、男が目覚めることで何らかの価値が生まれることを期待するものは一人としていなかった。男

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駅で男は目覚めた、

駅で男は目覚めた。声が聞こえたような気がした。しかし自分を呼ぶ声ではなかった。別の男が誰かと話していた。誰と話しているのかはわからない。電話をかけているようだ。電話先の相手の声は聞こえないが、相手に向かって話す男の声はよく聞こえた。自分にかけられた声はよく聞き逃す男であったが、自分にかけられているわけではない声には、人一倍耳をそばだてることが常であった。目覚めた男は、目覚めたままに聴くことを始めて

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駅で男は目覚めた。

駅で男は目覚めた。生まれてから何度目の目覚めなのかはわからなかったが、生まれてから何度目かの目覚めであることはわかった。これは生まれてから初めての目覚めではない。そしておそらくは、生まれてから最後の目覚めとなることもないであろう。そのような予感が男の重いまぶたを押し上げようともがいていた。仮に最後の目覚めであっても、目覚めるときにそれが最後の目覚めだと意識するものはそう多くない。ただ眠るときに二度

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駅で男は目覚めた

駅で男は目覚めた。朝陽の当たるベンチの上で、いつの間にか座り込んでいた。いつから腰を下ろしていたのか、いつから眠りについていたのか、男にはわからなかった。どこかへ行かねばならない。立ち上がって、背を伸ばし、頬を張って、目を輝かせ、力強く一歩を踏み出さなければならない。何かが自分にそう命じている。いや、そうあるべきだという自分の憧れが、自分を追い立てるようにその影像を自分の脳に課している。行き先さえ

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