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SFとしての「四畳半神話大系」を読み解く


今回は、「四畳半神話大系」について書いてみたい。
これは、正直凄い作品だと思う。
何が凄いかって、才能の融合バランスである。
・原作の森見登美彦
・脚本の上田誠(劇団ヨーロッパ企画)
・アニメーターの湯浅政明
このうち、誰かひとりでも欠ければ、この傑作は生まれなかっただろう。
森見先生の原作では、他にもアニメ「有頂天家族」が有名だが、これはこれで面白いにせよ、それでもやはり「四畳半神話大系」の水準には及んでないかと。

まず、この原作は森見先生が「時間を巻き戻してやり直す青春」を表現したものなんだが、敢えて全くそれと同じコンセプトの作品を手掛けた脚本家とアニメーターをスタッフ入りさせたところにこそ、このアニメの成功のカギがあったと思う。
上田誠の舞台劇を映画化した、「サマータイムマシンブルース」(05年、本広克行監督作品)。
湯浅政明の長編アニメデビュー作「マインドゲーム」(文化庁メディア芸術祭大賞受賞)。
どちらも傑作であり、そしてどちらも「時間を巻き戻してやり直す青春」を描いた作品だ。
つまり、この3人の天才クリエイターは、出会うべくして出会った運命ともいえるんじゃないの?

上の画は「マインドゲーム」だが、この作品の主人公の声優があの今田耕司ということで、なんとなく食わず嫌いから見てないという人はいると思う。
しかし、とりあえず見てくれ。
なんせ、あの宮崎駿監督作品「ハウルの動く城」とメディア芸術祭で競合し、尚且つ最終的にはそれに競り勝って、年間大賞に輝いた作品だぞ?
声優も豪華なんだ。
今田耕司、藤井隆、ぐっさん、島木譲二・・って吉本ばっかりやないかい!
でも、みんな慣れない声優業なのに、正直熱演してたと思う。
お話の内容は、1回死んだ主人公があまりに情けない自分の人生を後悔し、あの世から逃亡して蘇生⇒人生をやり直すという物語である。
そう、内容が「四畳半神話大系」と酷似してるんだよね。
おそらく湯浅さん的には、この「人生やり直し」の物語を今度は「ちゃんとした声優さん」でやり直したかったんじゃないだろうか?

湯浅さんの画は、なんか独特である。
いまどきの、俗にいう「萌えキャラ」とは全然違うし、この妙にレトロ的なテイストが生理的に無理、という人もいるかもしれない。
うん、この作品はもともとレトロなんだよ。
四畳半の下宿に住む苦学生、というところからして現代ではないだろう。
おそらく、この主人公は原作者・森見先生の投影であり、森見先生は1979年生まれだというなら、彼が京都大学に通ってたのは西暦2000年前後。
あれ?
普通に平成じゃん。
そうか、平成でも京都大学近辺はあんな感じなのか・・。
作風からして、きっと大学時代の森見先生は文学青年だったんだろうな~と思いきや、実はそうではなく、彼は理系の学部所属。
付け加えると、脚本の上田誠もまた同志社大学の理系学部であって、しかも森見先生と同じ1979年生まれだという。
「京都」「理系」「1979年生まれ」
森見先生と上田誠って、ひょっとしてもともと友達だったのか?

最終話、湯浅さんの映像表現は天才的としか言いようがない!

この「四畳半神話大系」には「四畳半タイムマシンブルース」というスピンオフがあり、それがまた劇場アニメ化されたらしいね。
私は見てないからその内容は知らないんだけど、タイトルからして上田誠の「サマータイムマシンブルース」みたいな感じ?
聞けば、この作品の監督は「Sonny Boy」の夏目真悟らしいじゃん。
思えば、「Sonny Boy」もまたパラレルワールドを描いた傑作だったよね。

「Sonny Boy」

「四畳半神話大系」はテイストが文学的でありつつも、実際に描いてみせたのは「パラレルワールド」という極めて理系なシロモノである。
これはSF?
それともファンタジー?
よく分からん。
ただ、理系の森見先生、および理系の上田誠は、量子力学というものを理解した上で書いてると思う。

まず、パラレルワールドとは何ぞや?
この根本的な命題に対しては、量子が「粒」か「波」かというところから話が始まる。
現代では科学も進歩し、世界を構成する最小単位・量子は、観測した時に粒になり(確定)、観測してない時は波の状態(未確定)であることが判明している。
分かりやすく言えば、箱のフタを開けてみない限り、中にいた猫が生きてるか死んでるかなんて分からないよ、ということ(シュレディンガーの猫)。
つまり、「観測」が極めて重要な要素なんだね。
観測する前は、箱の中の量子が波状のフワフワした状態であり、猫の生きた状態と死んだ状態が重なり合ってるイメージと考えればいい。
それがフタを開けて観測した瞬間、それまで波状だったものがキュッと粒状に固定され、生か死かが確定する。
この場合の「フワフワした状態」「重なり合ってるイメージ」が俗にいう「パラレルワールド」の本質である。
よって、パラレルワールドというのは決して何でもアリの世界じゃなくて、たとえば箱の中で猫が犬になってるパラレルワールドなんて絶対あり得ないわけよ。
あくまで波は波だから、波の振れ幅の範囲内でしか世界は存在しない。
それが「波動関数」ってやつだ。

この関数の法則に支配されてるがゆえ、「四畳半神話大系」における主人公は、どの世界でも大体同一の人物とばかり関わっていくこととなる。
「腐れ縁」ってやつか。
彼は「バラ色のキャンパスライフ」を夢見て何度も別世界を試すんだけど、そもそも波の振れ幅の中に最初からそんなもんはなかったんだよね。
で、皆さんはこの物語を見て「何で彼は複数のパラレルワールドを試せたんだ?」と不思議に思うだろう。
私の解釈では、あれはフタを開ける前、すなわち観測される前、確定をしてない「波」の世界なんだよ。
じゃ、ここでいう「観測者」とは一体誰なのか?
他でもない、主人公である。
しかし、最終回になって彼はようやく自分の世界を「観測」「確定」して、世界を前方向へと進めることができた。
「四畳半神話大系」とは、そういう物語なんだ。

こういう精神世界が入り組んだ作品って、映像表現が難しいものである。
やはり、この作品で最大の功労者は湯浅政明で間違いないだろう。
もともと、ややこしくて映像化が難しい脚本だというのに、それを見事に「フワフワした状態」「重なり合ってるイメージ」として映像表現してくれた。
これ、逆に湯浅さんじゃなきゃ無理だったんじゃないの?
湯浅さんの凄いところは、自分の卓越した表現能力を生かせるだけの脚本をチョイスするセンスだよ。
たとえば、これのひとつ前に彼は「カイバ」という鬱アニメを作ってるんだが、見たことない人は1回見てみて。
これが極めて残酷な話で、まず普通のアニメーターなら映像化は難しかっただろうね。

このての手塚治虫チックな古い画のタッチはちょっと・・と感じるかもしれないけど、いや、逆にこの画じゃないと直視は難しかったかと。
湯浅さんって、結構ギリギリ内角いっぱいを攻めてくるアニメーターだ。
それは長編デビュー作の「マインドゲーム」にもいえて、プロデューサーは映倫を通す時にR18になることを覚悟してたという。
なるほど、確かにヤバいシーンが複数あるもんなぁ・・。

やがて湯浅さんは「サイエンスSARU」という会社を立ち上げ、この会社はアニメ業界で一種独特の存在感を発揮している。
具体的にテレビアニメを挙げれば
・映像研には手を出すな
・平家物語
・ユーレイデコ
などなど、いずれも個性的なのばかりじゃないか。
特に「平家物語」は、京アニの中心メンバーとしてあまりにも有名な、山田尚子さんが監督を務めた作品だ。
ひょっとして山田さん、京アニからSARUに移ったの?
あと、前述の「四畳半タイムマシンブルース」もSARUの作品らしい。

「四畳半タイムマシンブルース」

ちなみに湯浅さんは、これまでに文化庁メディア芸術祭で合計4回の大賞を獲っている(マインドゲーム、四畳半神話大系、夜明け告げるルーのうた、映像研には手を出すな)。
他のアニメーターと比較すると
・宮崎駿2回
・原恵一2回
・細田守2回
・新海誠1回
・大友克洋1回
・今敏1回etc
といったところで、どう考えても湯浅さんは突出してるのよ。
これは、文化庁が彼の芸術性、前衛性を評価してくれてるってことだろうね。
そして「四畳半神話大系」は、メディア芸術祭史上、初めて大賞に選ばれたテレビアニメである(それまでは劇場作品のみ)。
見て絶対に損はない作品なので、心からオススメします。

この作品の一部キャラは、湯浅さんの映画「夜は短し歩けよ乙女」にも出ています

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