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グッド・ラック

「千マイルブルース」収録作品

「ロイキ」と名乗るミュージシャンと知り合った俺は、あるエサにつられ、バイクで次の小屋まで連れてゆくことになった。けれどそいつは訳アリで……。
原稿用紙で24枚ほど。
「千マイルブルース」収録作品は、これで最後です。

※ラストですので、文庫版特別収録「もうひとつの千マイルブルース」と、「著者あとがき」をお付けいたしました。


グッド・ラック


「ラストは、大好きなB・B・キングから一曲……」
 男が、左手からスライドバーを外した。磨きこまれたドブロギターが傾き、銀色の光が辺りに反射する。
 いい夜だ。
 俺はスライドギターの音色に誘われ、このライブハウスにふらりと入った。演奏者はどうやら、投銭稼ぎの飛び込みミュージシャンらしい。しかしとんだ拾い物だった。俺の好きな、カントリー・ブルースを演奏しているのだ。サン・ハウス、ブッカ・ホワイト、フレッド・マクダウェル……。
 街角で、でかい音が出るようにと作られた金属製のギター、ドブロから、次々とブルースマンが蘇る。だが、ラストがキングとは意外である。
 B・B・キングは、ブルース界で今もトップに君臨する、文字通りの「キング」だ。しかしその演奏は、カントリー・ブルースの対極にある、エレキやホーン、ストリングスを使う「アーバン・ブルース」なのだ。泥臭いブルースを歌いつつも、洗練され耳馴染みがよい。もちろん俺もよく聴いているし、日本公演にも行った。
 俺は改めて男を見た。歳は同じくらいだろうが、帽子にサングラス、さらにうつむき加減の姿勢のせいで、表情がよく読めない。だが英語の発音は完璧で、ストリートで鍛えたのであろう声もよく通る。何者かは知らないが、ブルースマンだ。
 男がドブロを構え直す。吐き出したのは、B・B・キングの『バッド・ラック』。安直に訳せば、ついてねえ、か。俺は耳を凝らした。男の歌が、脳内で勝手に意訳される。
  俺には友だちがいたのに、ついてねえぜ
  俺には仕事があったのに、ついてねえぜ
  俺にはやることがあったのに、ついてねえぜ
 残念だが、やはりアコースティックでキングは現れなかった。だが、オリジナルがあるのならこうだったのではと思わせる、素朴で土臭い仕上がりになっている。文句はない。
 演奏が終わり一服していると、奥から男がやってきた。重そうなギターケースを抱え、伏し目がちに通り過ぎようとする。俺は男に声をかけた。ビクッとした様子で、男が足を止める。驚かせたかと思い、俺は慌てて言葉を継いだ。
「いい演奏だったよ、アンタ。とんだ拾い物だった」
 男は、なぜかまわりに目を走らせ、量るように俺を見つめてきた。警戒心が強い男なのかもしれない。俺は続けた。
「いや、俺もブルースが好きでね。最高だったよ」
 男は安堵したような表情を見せ、再びまわりを見渡し、ギターケースを床に置いた。
「……ありがとう」
「でも、なんでラストがキングなの?」
 俺が詰めて空けた席に、男は遠慮がちに座った。
「……感謝、かな。うまくいった最後には必ずやるんだ。キングは、オレにとって神様だから」
「まあ、ブルース好きには神様だわな。で、あんたは何者?」
「オレ? オレは、えーと……」
 男が口ごもる。人前で演奏しているのに、おかしな奴である。
「……ロイキ。全国のライブハウスや、ストリートで演奏しているんだ」
「ロイキか。『黄色』をもじったわけだ。あれ? つうことはもしかして……」
 ロイキは頷いた。アメリカでブルースを学んでいたが、黄色人種だからと差別され、それで開き直り「ロイキ」と名乗るようになったのだという。そしてロイキは驚くことを口にした。B・B・キングに、アメリカでの修行中に会ったことがあると言うのだ。俺は身を乗り出した。
「会ったって、キング本人に?」
「ああ。一度だけ、前座でやらせてもらったんだ」
 あの演奏から、嘘とも思えない。ロイキは懐かしそうな顔をした。
「はねたあと楽屋に呼ばれ、いろいろアドバイスを受けたんだ。テクニックだけではなく、精神的なことも。その時、ブルースとは聴かせるものではなく、感じてもらうものなんだ、とオレは理解したんだ」
 俺たちは、互いにブルース好きということで話が盛り上がった。そして、そろそろ帰るわと立ち上がった俺に、ロイキは頼みがあると言い出した。
「悪いが、あんたんちに泊めてくれないか?」
「宿なしかよ?」
 ロイキが首を振る。次の小屋がここから近く、都内のアパートまで帰りたくない、毛布一枚貸してくれればいいから、と頭を下げてくる。小屋とはライブハウスのことだ。俺はOKした。ボロアパートだがひとり住まいだし、寝袋ならいくつも持っている。
 俺たちは、俺のポンコツブルースモービルで、オンボロブルースアパートに向かった。なんだか映画「ブルース・ブラザース」が重なり、俺はサム&デイヴのCDをかけた。


 アパートに着くと、ロイキは庭先に止めてある俺のバイクに驚いた様子を見せた。でかいなあ、としきりに感心する。どうやらバイクの知識はないようで、ホンダの1500だと言うと、さらに目を丸くした。俺はロイキに笑った。
「でかいが、そのぶん荷物が多く積めるんだ。それにトルクが太いから加速がいいし、意外と小回りもきく。旅好きの俺には、うってつけのバイクだな」
 ロイキは、何度も小さく頷いた。
「……そいつはいい。じつにいいよ」
 ブルースを肴に酒を飲み、俺たちは寝袋を並べた。そして翌朝。朝飯を食べ終えると、ロイキは神妙な面持ちとなり、胡坐から正座となった。改まった口調で言う。
「本当に悪いんだが、次の小屋まで連れて行ってくれないか?」
 隣のS県の小さな街まで乗せていってくれと言う。ここからだと百キロもない。車で数時間だ。しかし、そこまでしてやる義理はない。急ぎではないが、俺にだって仕事がある。断る言葉を探していると、ロイキがポケットからなにやら取り出し、これで頼む、と頭を下げてきた。見れば、四角くパウチ加工された、ピックだった。ピックには、B・B・KINGとプリントされている。
「キングから貰ったんだ。オレの幸運のお守り」
「ホントかよっ」
 俺はパウチを手に取った。キングはよく、ピックを観客にあげる。だからか結構、出まわっている。そして、まがい物も多い。しかしこいつには、裏面に日付とサインが小さく書かれていた。本物であり、別格だ。さらにである。ロイキいわく、これを持って訪ねれば、いつでも本人に会えるというのだ。それだけでも幸運が保証されている。たいした宝物ではないか。
「このとおりだ。頼む」
 ロイキは頭を畳にこすりつけた。だがヘンではないか。電車もバスもあるだろうに。だいたい、なぜ俺が?
「いや、あのでかいバイクに乗ってみたいんだ」
 俺は腰を浮かした。
「ちょ、ちょっと待て。車じゃなく、バイクで連れてけってのか? ギターケースはどうする?」
 あのバイクだったら積めるだろ、とロイキは涼しい顔で言う。たしかに、サイドバッグを片方外せば積めないことはない。ジェットヘルもふたつある。俺は、テーブル上のパウチを前に腕を組んだ。キングのサイン入りピックか……。
「……わかった。小屋に着いたら、必ずくれよな。嘘ついたら、ただじゃあ済まさねえぞ」
 ロイキは大きく頷いた。
「必ずあげる。嘘だったら、オレをぶちのめしてもいい」
 俺は部屋を出て、早速サイドバッグを取り外しにかかった。

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