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百服茶

「千マイルブルース」収録作品

キャンプ場で出会った若造は、「おばあちゃん」をダシに使ってツーリングをしていた。だが思わぬ事態が……。


百服茶

「いやあキャンプって、いろいろ起きて楽しいっスよねえ!」
 こちらと目が合った少年、いや青年がヘラヘラとそう言ってきたのは、夕飯を終えた頃だった。俺は隣のマサトに苦笑いを送った。寡黙なマサトは一瞥しただけで食後の片づけを続ける。俺は笑いをこらえながら青年に声をかけた。
「あとでこっちに来なよ。せっかくだから話でもしよう」
 はい、と青年は返事をよこした。威勢だけはよい。
 今日は仲のよいマサトを誘い、このキャンプ場で焚火を囲んでいた。そして青年は、俺たちが着いた時から、隣の木陰でテントと格闘していたのだ。決して設営が難しいテントではない。見かねて俺が手伝いに行こうとすると、勉強だからとマサトに止められた。そのくせマサトはさりげなく目を配っている。そうしてようやくテントが様になると、青年は次にストーブと対決しだした。不完全な燃焼音と爆発音、それに「うわっ」とか「ひぇっ」とかの驚く声を辺りに響かせていたのだ。傍らにはバイクがあるのだから青年であろうが、見た目もやることも「少年」であった。
 しばらくし、真新しい革ジャンをまとった童顔が、こちらにやってきた。俺は思わず吹き出した。顔がすすけ、まゆが焦げている。青年は意味がわからないらしく、小首を傾げ、追従笑いを顔に浮かべた。
「お疲れさん」
 俺は心より言った。そのまま、青年のテント脇のバイクに首を伸ばす。
「いいバイクに乗ってるな。ツーリング?」
 俺は隣に座るよう促し、青年のバイクにさらに目を凝らした。アメリカンタイプだが、たしか発売されたばかりの最新型だ。青年が締まりのない笑顔で何度も頷く。
「遠乗りもキャンプも初めてなんスけど、慣らしを兼ねて、ばあちゃんちに向かっているトコなんですよ。ちょっと遠回りして。でも予定通り、家から百キロで着きましたね、ここまで。だけどホントいいっスよねえ、キャンプツーリングは」
 初めてづくしに興奮しているのか、訊いてもいないことまでベラベラと喋る。マサトがチラリと青年を見て、手を動かしながら言う。
「今日は風がないからいいが、あの張り綱では、緩む。あとで結び方を教えてあげよう」
 そしてバッグから急須と茶筒を出すと、飲むか、とボソリと青年に訊く。アウトドア気分をひっくり返されたように驚く青年に、俺はニヤニヤと言った。
「変わってるだろ。こいつは、どこに行っても日本茶しか飲まないんだ。それとも、こっちがいいか?」
 俺は、トリスのポケット瓶を懐から出した。青年がエヘヘと首を横に振り、じゃあお茶で、と言う。俺は今頃気がついた。
「おまえ、もしかしてマジで『少年』なのか? 未成年?」
「四捨五入したら成人っス」
 わからん理屈である。それより俺は、先ほどのマサトの言葉が気になった。隣に膝を向ける。
「珍しいじゃねえか、マサト。他人に茶を勧めるだなんてよ」
 むっつりしたまま、マサトが沸かしていたケトルに手を伸ばした。湯呑み茶碗がふたつ用意してある。
「……渋いッスよねえ、こっちのバイカーのセンパイ。大人、いや漢、って感じで」
 青年が、憧れるような目でマサトを見た。俺は肩をすくめた。
「こいつ、俺よか年下なんだ。一緒にいると、いっつも俺より上に見られるけどな」
 マサトが小さく苦笑した。しかしこいつは本当に変わった奴だ。無口で感情もあまり表に出さないが、困っているといつだって助けてくれる。発する言葉は少ないが、どれも的確だ。若い時分にレースに夢中になり、その活動資金をバイク便とトラック便で稼いでいたので、運転もうまいし地理にも詳しい。けれどそれらをひけらかしたりしない。律儀で責任感もある。近頃では珍しい、侍のような男だ。だがこの青年も、今時希少ではないか。軽薄そうに見えるが、この年頃で祖母に会いにツーリングに出るとは……。
 俺は感心し、青年に向いた。
「そうかい、おばあちゃんちにな。いいことだ」
 青年が、マサトから茶碗を受け取りながら、いやあ、と照れる。
「元々、ばあちゃんになにかあったらすぐ行けるよう、親を説得してバイクを買ったもんで。ばあちゃん、片田舎のひとり暮らしだし、携帯電話も持ってないし」
「そうか、それでな。うん、立派だ」
 すると青年が、ニカッと笑った。
「だけどそれって、じつは口実、なんスけどねえ!」
 俺はポカンと口を開けた。

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