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魅力的な職業条件に揺らぐ心

ある朝ポストを見るとチラシが入っていた。

「扶養手当・住宅手当・退職金制度・役職手当・資格不問・企業型保育園入園優遇・子育てと仕事の両立を応援!長期のキャリア形成が可能で・・・」

見るからに好条件の文字が躍る。正社員で職種は事務。

家から徒歩5分のところに新しく介護施設がオープンする。

オープンするのは翌年の春で就職説明会があるという。

日付を見ると当日だった。

(きれいな職場だし、事務は多少経験あるしめちゃくちゃ好都合じゃん。こんなところで安定して働けたらどんなにいいだろうか・・・)

内心思っていたことがむくむくと心の表面に湧いて出てきた。

(説明会、行ってみようかな・・・)

チラシの番号に電話してみた。


「もしもし、本日行われる就職説明会の件なんですけれども・・・」

「ご覧いただきありがとうございます!ぜひお待ちしております。」

新規オープンで気合が入った担当者の高々とした声が聞こえてきた。時間や場所の確認をしているとこんなことを聞かれた。


「ところで本日、履歴書のご持参は可能ですか?」


(え、もう選考までしちゃうの・・・?)

「あ、いえ近所に住んでいるのでお話だけでも伺えたらなあと思っておりまして・・・」

単なる問い合わせのつもりで電話をしたのだが、担当者の朗らかな感じの声に影響されて私は話すつもりもなかった自身の状況を話すことになる。


・現在私が出産を控えていること
・オープンが来年春なので産後働くにはちょうどいい時期かなと思っていること
・企業型保育園が気になっていること

私の勝手な都合をべらべらと話してしまった。


「そうでしたか~!」と一見飲み込んでくれたかのような相槌。


しかし、採用側の正当な返事が返ってきた。

「実は応募は前から受け付けておりまして、現在事務職は15名ほど応募が入っています。オープンは来年の春なのですが、それに向けて事前研修や近隣の施設での勤務をしていただきたいのですぐに勤務できる方を優遇したいと思っておりまして・・・」


そりゃあそうだ。私の考えは甘すぎた。

何をやってるんだろう。

金銭的余裕があるわけでもないのに自己都合で正社員の仕事を手放し、心身に負担のなさそうな単調なパートだって現在休んでいるというのに私はまた自分勝手な都合で仕事が始められるなんて思っているのか。


身重な体でひとりの時間が有り余っている贅沢な日々の中で見て見ぬふりしていたけれどお金の不安は膨らむばかりだった。

産後パートに復帰したとしても扶養の範囲内じゃ稼げる額は微々たるものだろう。

子供を保育園に預けられるかは待機児童数トップの地域なので期待はしていない。幸い近くに住んでいる両親に頼りなんとか預けてやきもきしながら働くのは目に見えている。

将来のことを見越して母親になるであろう女性たちはそういった苦労をしないために考えて職場を選び、権利として産休育休をとって仕事に復帰するのだろう。

悔やんでもしょうがないのだが、私はそうしなかったつけが回ってきている。

仕事や物事を決める基準はいつも感覚や直感。我慢や心労で体調を壊すくらいならと長続きせずわがままでしたいようにふらふらとやってきたからだ。

施設で働けば敷地内にある保育園の入園も優遇されて安心して働けるし、正社員ならば金銭的余裕もできて心身共に安定した暮らしができる。


チラシを見たとたんに不安も何もない理想の未来が実現できる気がして私は心が躍ってしまった。

思うように身動きできない状況だからこそ、甘い蜜に吸い寄せられるように。

いつかの私が言っていた。

そうだ。今の気持ちは焦りだ。


これから始まる子育てと、新しい環境での仕事の両立。そんなキャパなんて持ち合わせていないことぐらい自分でよくわかっているだろう。

好条件というだけで心を無にして淡々と我慢や忍耐を感じながら働ける賢さは、私にはない。

あったのならもっと要領よく生きてるはずだ。


今こそ、揺らぐな。

揺らいだらまた同じ失敗を繰り返すだけだ。

学習しろ、と自分に言い聞かせることができるようになっただけ少しはましになったのかな。


とにもかくにも今私がいちばん成し遂げなければならない仕事は私も子供も無事で出産を終えることだ。

今日も淡々と見せかけて荒ぶる心を書いてみた。

書いているとエネルギーを使うのか、甘いものか揚げ物が欲しくなるんです。 健康を害さない程度につまみたいと思います。