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漆19:漆の比較:日本と中国

おはようございます。
今日はまた朝から晴れ渡り、気温も高く初夏を感じさせる爽やかな朝。ベランダの木々も陽を浴びて若々しい青葉がより力強く見える。

昨日日本と同様に長い歴史を持つ中国の漆を見てきたところで、今日は日本の漆との比較をしてみたい。

各地の漆

漆の木は、日本、中国、韓国に加えて、カンボジア、タイ、インドなどの東アジアの国々に分布しているが、東南アジアで採取される漆の原木は国によって大きく違って主成分も違っている。
まず日本、中国、韓国ではウルシ科ウルシ属ウルシ種に属す漆の木から採取しており、成分はウルシオール(C21H34O2)。それに対してベトナム、台湾ではウルシ科のハゼノキの仲間(アンナンウルシやインドウルシ)から採取していて主成分はラッコール(C23H36O2)。一方、ミャンマー、タイ、ラオスなどではビルマウルシからから採取して主成分はチチオール(C23H40O2)となっている。どの化学式も油と似ていて、漆が水と混ざらない理由はまさにこの構造にある。
ラッコールはウルシに含まれるウルシオールと同類の化合物で、ウルシオールより毒性は弱いが皮膚に強い炎症(うるしかぶれ)を起こす。チチオールはゴムに近い性質で粘り気が強く、コールタールのように透明感のない黒色。

日本漆と中国漆の違い

今日のメインテーマである日本と中国の漆の違いを見ていこう。
日本と中国の漆の主成分は共にウルシオールだが、その含有率は日本の漆は70%以上で中国産より平均で10%以上多い。ウルシオールの成分が多ければ多いほど丈夫で硬い漆作品を作ることができます。漆を塗り、乾燥後硬くなった漆は傷がつきにくくなるのだ。更にはウルシオールは含有率だけでなく、日本の漆のウルシオールは高い品質を誇ると言われているが、これは日本で作る漆器には合っているという見方が正しいのかもしれない。
日本の漆は液体に近く緩いのに対して、中国産の漆はどろどろとしているが、いざ固まると日本産の方が硬い固まる。簡単にその個性を見てみると、それぞれ適した使い方があるからだ。

  • 日本産漆:塗膜が堅くて薄い(蒔絵に向く)

  • 中国産漆:塗膜が柔らかくて厚い(堆漆に向く)

「蒔絵の加飾だけは上質の日本産漆を使わないといけない」といわれるが、中国産漆はやはり中国漆芸の技法の物を作るのに適している。
また、現在国内で流通する漆の90%以上を占める中国産漆で慣れた職人さんが日本産漆100%で仕事をしようと思ったら、それまで使っていた道具を変え、感覚を全く変えてしまわないといけないほどその個性は異なるという。

日本の漆の強み

日本産漆の強みを挙げると、以下の2点。

・高い耐久性 密着度が高く、塗膜が堅くて丈夫
・美しさ   光沢があり、表情が繊細で美しい

高い耐久性

どちらも特筆すべきものだが、特に丈夫さに関しては国産漆がたっぷり使われた古い骨董の椀は壊れにくいがひとつの証拠とも言えるが、中国漆が日本国内ではその強みが発揮されきらない反例も意外なところで実証された。
それは昭和30年の京都金閣寺の再建の際のこと。価格的に抑えられる中国の漆を使ったところ、10年もしないうちに金箔が剥げ落ちてしまったのだ。それ故重要文化財には主成分であるウルシオールの含有量が多く塗膜が丈夫で今まで通りの耐久性が期待できるため、昭和62年の大修理の際には国産の浄法寺漆が使われた。

美しさ

抽象的な指標であるが、その光沢や仕上がりにおいてより高く評価されることが多い。
漆はその粘性から(金継ぎにも使われる様に)強力な接着剤にもなり、金閣寺の場合金箔に覆われているがその下には漆が塗られている。漆そのものは高価なために建物に使われるのは稀だが、金閣寺の修復時には1.4トン(前述の通り2021年の年間生産量が2.0トンということを考えればどれだけ膨大な量かということがわかる)もの国産漆が使われたといわれる。しかし木に直接金箔を貼れば、当然艶も出ないし黄色みを帯びる。一方、黒く堅く強い日本の漆に金箔を貼れば、光も強く色調も黒を映し出して色が濃く、赤みを帯びた金箔として発色する。言わば、漆と金箔の組み合わせで最高の美を実現するのだ。

日本漆の増産

こうして、耐久性と美しさを同時に適える、国内で最も適した素材として国産漆の強みが再評価された。以来、中国産の5~10倍の価格にも関わらず国産漆が、文化財保護にはなくてはならないものになっている。
そして、御多分に洩れずさまざまな方面のコスト高で価格的なメリットが薄れている中国漆自体の生産量も減ってきていることも受け、漆文化存続をかけて日本国内の生産を増やすべく国がさまざまな施策が打ち、少しずつだが着実にその生産量が増えてきている。
実際、文化庁は国宝や重要文化財の建造物修理に国産漆を使用する方針を決めた平成27年度(2015年)から、上塗りと中塗りを国産漆とし、平成30年度(2018年)をメドに下地まで含めて100%国産化を目指すとした。そして、そのために必要な量は年間2.2トン、それに対して2021年に2.0トンと供給が間に合っていないが急ピッチでその量を増やしている。
同時に、二戸市の漆掻き技術を2020年12月に「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」としてユネスコ無形文化遺産に登録させる形で、より国産漆生産量増加をサポート・促進する様に農林水産省も働きかけている。



*上記の情報は以下のリンクからまとめています。

例えば、トマトひとつとっても、日本で食べるトマトとイタリアで食べるトマトは味わいが全く異なる。甘みが強いか酸味が強いかで、どちらが上ではなくて、それぞれに合った料理があり、それぞれにしか出せない味がある。
日本の文化として漆器を考える時職人さん達が使いたいと思う漆、理想とする漆が日本の漆なのであれば、それはやはり日本の漆で作れる環境が整うのが望ましい。奇しくも今まで頼り切っていた中国漆の生産量が減ってしまっている今、今後輸出量が制限されれば本当に文化としての存続が危ぶまれてしまうから尚のことだ。
そして、国を挙げてその方向に舵を切ったお陰で実際に生産量も増えてきている。こうした形で生産側の状況が整い始めている今、合わせて求められるのはそれを購入して使用する我々の意識の変革だろう。文化として継承は生産者だけでは叶えられない。
確実に転換期を迎えている日本の漆器において、(各生産者がひとりでも多くの人に漆の良さを知ってもらうために既に努力をされているが)ひとりでも多くの人が実際に購入して使って良さを実感してリピートする、他の人に勧めて輪を広げていくということが、国に依らずやっていくことがより重要になってくる。


僕は幸せになると決めた。
今日もきっといい日になる。
一歩一歩、着実に歩もう。


皆様も、良い一日を。

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