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とある夏の思い出。

なあ、元気にしてるか。

十年が経った今も思い出す、
あの夏の日。

じっとしていても汗が吹き出て、
頭を、顔を、背中を
流れていくほどの暑さ。

そんな中、クーラーもつけずに
ただただ流れる汗を肌で感じ。

まるで自分の身一つが
この世界に取り残されてしまったように
呆然と立ち尽くしていたあの日。


外を歩けば
近所の家の風鈴がチリンと鳴る。
そんな風鈴の音に
心ばかりの涼しさを感じ。

「ちょっとー、やめてよぉ」
「ほらほらほら!冷たいでしょぉー」

庭のビニールプールで
水をかけ合う
子供たちの元気な声に
少しばかりの心苦しさを感じ。

子供特有の語尾の甘ったるさに
少しばかりの胸焼けを感じ。

こうして他の子供の姿を見る度に
負の感情がわき起こるあたり、
どうやら私は貴女のことを
忘れることができていないらしい。

あの夏の日。
うだるような暑さの中、
白いワンピースと白い羽織に
身を包んだ貴女は。

純白に身を包み
まるで次の結婚式へと向かう
花嫁のような姿の貴女は。

その白さを塗りつぶすように
ガラガラと轟音を立てて出て行った。
自分の腰の高さほどありそうな
大きなアタッシュケースを引きずりながら。


その隣には、私を振り向く小さい姿。
首紐付きの小さな麦わら帽子が
庇となって表情はよく見えなかった。

それでも、なんの躊躇いもなく
小さな歩みを一歩一歩進めるところを見ると、
どうやら私は好かれていなかったらしい。

「嫌い」と一言口に出されるよりも、
その歩みを見る方がよっぽど明らかだった。

暑い日が巡り巡る度、
蝉の声が耳をつんざく度、
日が長くなり夜が短くなる度に
私は貴女と貴女を思い出す。



きっと、元気なんだろうな。

思い出す度、最後は同じ結論にたどり着く。
私がいなくても元気だろう。

それは、去られた悲しみや
悔しさから来るのではなく、
純粋にただ、そう思うのだ。

純白のワンピースと小さな麦わら帽子。

アタッシュケースの重さと
麦わら帽子の首紐の硬さが、
彼女らの意志の固さを表していたから。


私は強くなれるのだろうか。
貴女たちのように。



こうして思い出に浸るあたり、
どうやら私はまだまだ強くなれないらしい。






※完全創作です。
  外の青空、日差しを浴びて
  筆が向くままに走らせてみました。


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