障害者こそ真の強者である 障害者 生活保護

 福祉が充実しすぎた社会。本来、社会のために死ぬべきであるはずの無産の障害者が、本来の強者である健常者の税金にフリーライドするようになった。健常者が汗水たらして稼いだ血税で、無為徒食の生活…。自然の摂理から言えば、死んでしまって当然の障害者を養うようになった社会は、やはり歪んでいると言わざるを得ない。正直者がバカを見る。働き者がバカを見る。働かざるもの食うべからず。健常者の金で悠々自適にネットフリックスを見て生活する障害者。この異常に肥大化した福祉社会の格差を是正すべく、ある制度が導入された。
 
 今日は俺の生まれ変わる日だ。俺は胸を躍らせてドアをノックした。
 「どうぞ」と医者の声が聞こえた。この人は医者になるために、どれほどの犠牲を払ったのだろうと考えると自然と胸が痛む。苛烈な受験勉強、六年間もの専門的な勉強、不安な研修医の生活、そして今のように独立したクリニックを開設しても、定年まで馬車馬の如く働かされる。それに比べて、病人、障碍者たちは、弱者という特権に甘えて、死ぬまで国に養ってもらえる。
 「事前にお伝えしたように、今日は障碍者特権取得コースをお願いしたいのですが」
 「そうですか。一応、同意のサインを頂かなければならないのですが、本当によろしいのでしょうか。もう一度考え直すのも手ですよ」
 ああ、ハズレのクリニックだ。このまま親ガチャ大当たりのお医者様先生に説教を垂れ流されると思うと、心底うんざりした。遺伝子ガチャにも環境ガチャにも勝てなかった俺は、お前の人生とは違うんだよ。サービス残業は当たり前、パワハラ上司の暴言は当たり前、ギリギリまで精神をすり減らして得た雀の涙ほどの金から、障碍者を養うための税金が引かれる。お前には一生俺の気持ちなんか分からねえよ。
 「すみません、一応ルールですから、サインをお願いします。あと、どのコースにするのかにもチェックをつけてください」
 書類に目を通す。
1、ダルマコース 
2、全盲コース
3、精神障害コース
※3を選んだ方のみ
(うつ病、躁うつ病、自閉症、統合失調症)
4、脊椎損傷コース
5、知的障害コース

 3のうつ病コースにチェックしようとしたところ、また医者が口を挟む。
 「これは私の独り言ですが、うつ病コースだけは本当にお勧めしません。私も受験期に母親からの圧力でうつ病を発症しましたが、とても人間に耐えられる病気ではありませんでした。みなさん、身体欠損は恐ろしいので精神障害を選択するのですが、後悔している人ばかりですよ」
 全身麻酔をするとは言え、手足がなくなるのは不便すぎるだろう。怖い。盲目も怖い。耐えられない。知的障害になってわけのわからないまま施設で介護されるだけの生活も嫌だ。
 「いや、3のうつ病コースでお願いします」
 3番は、外科的な手術は一切なく、注射1本で終わる。予防接種より楽勝だ。
 「そうですか…。ではサインをお願いします。」
 俺は意気揚々と3のうつ病にチェックを入れ、書類に署名した。
 「少しチクっとしますよ」
 これでやっと強者になれる。長かった5年間の社畜生活ともオサラバだ。これからは生活保護で、FIRE生活だ。夢の早期リタイア。好きな時間に寝て、好きな時間に起きて、大好きなAPEXをして、寝るだけのバラ色の生活!

 病院からの帰り道は雨だった。傘を持ってきていないので、ずぶ濡れだ。しんどい。歩けない。死にたい。千鳥足で歩いていると、相合傘をしている高校生カップルがこちらを見て笑った。殺すぞガキ。殺す。殺す。殺す。死にたい。死にたい。死にたい。ガキ。殺すぞ。大人を舐めるな。死ね。死ね。死ね。死ね。死にたい。死にたい。死にたい。殺す。絶対に、絶対に殺す。
 気力がなくて全く歩けない。タクシーを呼ぶ金もない。頭の中にどんよりとした靄がかかっていて、思考が上手くできない。果てのない怒りがどん底から湧いてきて、焦燥感で過呼吸になる。
 殺すぞ。殺す。死にたい。死にたい。なんで生きてるんだろう。なんで?しんどい。息ができない。土砂降りの雨の中で、死の色をした思考だけが薄暗く光っているが、死ぬ気力もない。というか歩けない。
 自分が情けなくなって、うずくまる。うずくまったまま、「このまま通り魔に殺されないかな」と祈りながら、永遠の時間だけが流れた。


この記事が参加している募集

仕事について話そう

勉強したいのでお願いします