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煙の向こう側  12話

第一回調停 当日

家事調停は裁判所の一室で行われる。
当事者、相手方共に控え室があり、それぞれ別々に調停室に呼ばれ事情を
聴かれる。
その部屋は、十二畳ほどの広さで、隅には内線専用の電話が置かれている。

まずは最初に当事者であるなごみが呼ばれた。
部屋に入ると、調停員が二人座っていた。
二人はそれぞれ名を名乗り和を優しく迎え入れた。初老の紳士と頭のキレそうな婦人である。

和は「お世話をおかけいたしますが、宜しくおねがいします」と
深々とこうべを下げ着席した。
「まずは調停の申し立て理由と事件のいきさつをお聞きしましょう」慣れた口調で口火をきったのは老紳士。
事の経緯を話すと、「それは、あなたも胸が傷んだことでしょう」
「相手方にお伝えすることがあれば、おっしゃってください」と、婦人。
「あちらにお聞きしたい事は一つだけです。何故、嘘をついたのですか。そのことだけ聞いてください」和はきっぱりと答えた。
その後、少し躊躇したが
「お身体を悪くしているのではないかと、心配したりもしました。申し訳ありませんが、そのことも、訪ねてみてください」と付け加え、和はいつの間にか泣いていた。
こうが、付き添って来ていたが、当事者以外は調停室に入れない決まりだった。

次に山名が呼ばれて面談となった。
母子で出廷しているようだった。
『覚書』をかわした以上、支払いの義務が生じているので、何としてでも支払ってあげて欲しいと諭された様子だった。

調停員によると
「こちらから支払うと言っておきながら、支払わなかったのは故意ではない。連絡をしなかったのも、申し訳なさからだ」と、
嘘をついている様子は見受けられません、とのことだった。
とすれば、いったいどうすればいいのか。
こちらからは「では、どうしていただけるのですか」としか言えなかった。
山名から具体的な金策の方法が提示され1回目の調停が終わった。

その日、父の墓参りを済ませ墓前に報告した。

一か月後  第二回調停

嘉子のみ出廷
前回、金策方法の提示をした賢介は出廷せず、その理由も定かではなかった。
あれやこれやと言い逃れをし調停を長引かせ時間稼ぎをしているらしかったが、和は、決めてとなる書類を法務局で手に入れている。
土地の名義が書き換えられてから一週間後に、借り入れの手続きがなされている。借入金額は、和に支払われるべき金額をはるかに上回っていた。
この書類を見たとき、和は愕然とした。
この時初めて、騙されたのではないかという思いが心の中に溢れてきた。
和は、打ちのめされていた。

調停員にこれを提出すると、穏やかだった老紳士の顔色が変わるのが分かった。調停員までも、欺こうとしているのかという感じである。

この事実を、嘉子に突き付けた。
嘉子も驚きを隠せない。

「賢介がこんなことをしているとは知らなかった。帰って賢介に尋ねてみるので、こちらの事情がはっきりするまで時間をください」とのことだった。
この時すでに、また騙されるのではないかという危機感を持っていたが、
こちらとしては『待つ』しかなかった。
和は、もしかして画策しているのは賢介で、嘉子はいいように利用されているのではないかと思った。
このため、次回調停に賢介の出廷督促を依頼し二回目を終えた。

父の墓前に結果を報告した。
供花が枯れていた。父が可哀そうだった。
和は、自分が父を苦しめているのではないかとさえ思った。

第三回調停 母子共に出廷

「申し訳ないの一言で片づけられないのは重々承知していますが、必ずお支払いしますので、とにかく時間をください」
既に借入が済んでいる件については、賢介が取締役となっている会社の名義で契約していて、大きな仕事が決まった時の資金としてストックしていて、実際には借入ていないこと、山名嘉子での借入申請ができなかったこと等、説明があった。


たしか賢介は、長い間、施設にいたと言っていた。
施設をでて数年しかたっていない賢介が、取締役に就任とは、仲間内で会社を立ち上げたのか。それには、かなり纏まった金額が必要だっただろう。
賢介は「施設に入っているときに、両親には多大な迷惑をかけたので、遺産はいらない」と言っていたはずではなかったか。
和と会っていた時の着信が、資金繰りの催促だったのか。
いろいろ考えても憶測でしかないと思ったが、
実際、名義が変わってすぐ銀行の抵当件が付いている。借入の直後に賢介は取締役に就任、会社での発言権を得るため、多額の投資もしていた。
隣町に一戸建てのマイホームも購入している。

もろもろの事情を聞くことは大切なことであるに違いないが、済んでしまったことより、これからのことに重点をおくのが先決だ。このままこの調子でズルズルと引き延ばされてしまうのではないかという懸念を残したまま調停を終えた。

相変わらず和の母は、山名を罵倒していた。
和にも、判をついたおまえが馬鹿だと罵声を浴びせる始末。
優しい言葉が欲しいわけではなかった。何故なら、いつも和が、助けて欲しい時には母は傍にいてくれなかった。母が傍にいても母の心は、和の傍にはいてくれなかった。
いつまでたっても、どこまでいっても何も変わらない。
悲しくはなかった。このことで流す涙は、もう無くなっていた。
「山名にも、いろいろな事情がある。そこいらへんのことも解かってあげないと」和がそう言ったとたん、母は力任せにドアを閉めて部屋を出て行ってしまった。

和は、山名に直接会いたいと思った。
嘘のない自分をぶつけたかった。
嘘のない山名をみたかった。



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