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煙の向こう側  11話

父の為にも、同意書を渡そうと決めた。
なごみは自分の気持ちを孝に話し、同意書を渡すことを告げた。
孝も、「和の思ったとうりにするのが一番いい。後から悔いが残っても一生引きずっていかなくてはならないからね」と、和を気遣ってくれた。

そして、書類を渡す日を決めた。

これで山名との縁が切れてしまうのかと思うと、少し悲しくもあった。

数日後、賢介から「捺印に相当する金額をお支払いしたい」と、申し出があった。
この時、すべての不信感を払い去ったわけではなかった。
和は『覚書』を、公証人役場で作成してほしいと願い出た。
ところがこの申し出に賢介は、「費用が嵩むのはお互いに望むところではないと思いますので、自分の方でお願いしている司法書士の先生に作っていただき持参します」と答えた。

おそらく和の居所を調べたのも、この司法書士関連だろうと思われた。
賢介の携帯が着信を告げたが、賢介は相手を確認しただけで、コール音を
止めた。

そして間もなく、その書類ができあがり、会う日を決めた。


『覚書』は遺産相続分割協議書に捺印、土地の名義変更の確定後、その土地を担保に和への支払い金額を借り入れるものとする。借入ができない場合でも、支払いは免除しない。この時の支払い方法については双方が協議する。という内容で、こちらは、和、一人、先方は嘉子が当事者、賢介が後見人(保証人)の二人という形とした。
この時、何故か嘉子は同席せず、嘉子と賢介の捺印を済ませた用紙を賢介が持参した。
嘉子は仕事で他県に行っているとのことだった。

1本の電話から始まった一連の出来事が、終着するかのように思われた。

が、そうではなかった。

山名側から申し出のあった支払いの期日になっても、履行されなかった。
何かの手違いだろうと、気をもみながら二週間が過ぎた。知人のアドバイスもあり、電話してみることにした。
嘉子ママの電話は着信拒否状態になっていた。

騙されたのだという腹立たしさはあったが、和はどうしても信じられなかった。いや、正確には信じたくなかったというほうが正しいかもしれない。
「あの父が私に嘘をつくなんて」そんな気持ちだった。
何度コールしても、事態は変わらなかった。
思い切って、内容証明付きの郵便を二人宛てに出した。
当然のように、なんの音沙汰もなかった。
日に日に、心の傷が深くなっていくのがわかったが、反対に嘉子が気に病んで身体を壊しているのではないかとも思った。
人はそんな和を笑っていた。
もちろん和の母も例外ではない。

そんな和を見かねて孝が、警察に相談に行こうと言い出した。
連絡が取れなくなって数週間がたっていた。

当然のことのように、土地の名義は書き換えられていた。
この事実を受け止めないわけにはいかなかった。
気が重かったが、二人で警察に出かけた。何故なら、和を騙した形で捺印に至った経緯は詐欺にあたるのではないかと思ったからだ。


警察では、民事介入できないらしく、対応にでた警官が裁判所に行くか、法律相談を受けてみてはどうかとアドバイスをくれた。
その日も墓参りを済ませ、父にはすまない気持ちはあったが、解決の糸口を求めて、法律事務所のドアを叩いた。

「調停を申し立てますか?」思ってもみない言葉が返ってきた。
どうするかは、和の胸の内次第だった。
どうしても騙されたとは思いたくなかった。
父の愛した人を敵にするようなことはしたくなかったが、真実を知るには
そうするしかなかった。

その日のうちに、家庭裁判所に出かけ、家事調停の申立書をもらった。

家事調停とは、家庭内のトラブルや相続をめぐる争いなどで話し合いがつかない時、家庭裁判所が取り扱うもので、一人の裁判官と、民間から選ばれた二人以上の家事調停員が、双方の合意によって実情に即した解決をしようとする制度である。

和の場合、発端は相続であるが、遺産分割協議書に捺印が終わっているので、一応、相続問題は決着している。が、しかしその後交わした覚書の内容が履行されないため、調停を申し立てるのである。
これを、遺産分割後の紛争という。
申立書は、相手方の居住地にある家庭裁判所に提出しなければならない。
自分の戸籍謄本やら印鑑証明はもちろんであるが、相手方との関係を明らかにするため、相手方のそれも揃えなければならない。
その都度、孝も仕事を調整し和に付き添ってくれた。
調停の日が決まるまでにも連絡がとれるのではないかと、嘉子にコールを
続けていたが、結果が変わることはなかった。

第一回調停の日が近づいていた。
突然の賢介からの電話だった。
「申し訳ありません、こんな事になってしまって」
「調停でお会いしましょう」和は、それだけ言うと電話をおいた。
話したい事、聞きたい事は山のようにあったが、言葉を交わせば感情的になるのが分かっていた。
だから、そうしたのだ。

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