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読書感想 『ネットは社会を分断しない』  「事実を受け入れる難しさ」

 誰でも発信できる。
 世界のどこにでも、自分の考えを届けることができる。
 集合知で、人類は進歩できる。

 インターネットにまつわるそんな夢のような言葉を聞いたのは、20年くらい前の話で、しかもそれが全くの夢物語に感じられない時代が確かにあった。


 だけど、それが失望に変わるまで、もしかしたら、これまで人類が発明したあらゆる技術の中で、もしかしたら最速かもしれない、と思うくらい、あの夢のような話は、どこかへ行ってしまった。


 誰でも発信できる。

 その前提自体は、ずっと変わらないけれど、インターネットのイメージは、全く変わった。

 毎日のように論争が行われている。
 信じられないような罵詈雑言が飛び交っている。
 エコーチェンバーと言われる現象で、思想が極端化する。

 そして、社会の分断をすすめる。

 それほどインターネットに接していない自分でも、そのことは「常識」として疑わなくなっているし、もしかしたら、もっと詳しいヘビーユーザーでも、同じように感じているのかもしれない。

 だから「ネットは社会を分断しない」というタイトルを見たときは、これもインターネット上でよく見かけるようになった「逆張り」ではないか、という疑いさえ持った。

『ネットは社会を分断しない』 田中 辰雄 浜屋 敏

罵詈雑言が飛び交い、生産的な議論を行うことは不可能に思われる現在のインターネット。しかし、ネットの利用は本当に人々を分断しているのか? 10万人規模の実証調査で迫る、インターネットと現代社会の実態。

 この著書では、これまでの調査を踏まえて話が進められている。

他にもいくつかの調査があるが、すべてネットメディアの利用者の方が分極化しているという結果が得られている。すなわちネット利用者の方が非利用者より分極化しているのはほぼ間違いない事実である。

 いったんそう結論づけ、そして、そこから、逆の結論を積み上げていく作業を続けていく。

実は仔細にデータを検討すると事実ではない。ネットは社会を分断しない。

ネットは社会を分断しない。むしろ逆に穏健化する。それが本書の主張である。

高齢者の分断 

 まず、年齢別の分析が始まる。

 ネットのせいで分断が進むのならネットをよく使う若年層ほど分極化し、分断されているはずである。それなのに、事実は全くの逆であり、分極化しているのはネットを使う若年層ではなく、ネットを使わない中高年である。これはネット原因説に疑問を投げかける。

 テレビ・新聞という比較的選択的接触が少ない従来型メディアから情報を得ている中高年が過激化し、分極化している。これは分断のネット原因説に疑問を投げかける。

 以前は、いわゆる「ネトウヨ」と言われる存在は、若いと言われていたし、インターネットに詳しくない私のような人間は、それを信じていた部分があった。だが、それに大きく疑念が向けられるようになったのが、2017年の「弁護士大量懲戒請求事件」だった。

 この「事件」を起こした人たちの年齢が高かったからだ。

平均年齢は55歳、若年層はほとんどおらず、中高年ばかりだったという 

(「ネットは社会を分断しない」より)

高齢者の「ネトウヨ」化の実態

 ネトウヨから絶大な支持を集めるブログ「余命三年時事日記」を通じて弁護士に根拠のない大量の懲戒請求を行った者たちが、逆に弁護士から訴えられるという事件が表面化し話題になった。ブログでは弁護士たちを「外国の勢力と通じて武力を行使させる『外患誘致罪』にあたり、死刑に相当する」として、懲戒請求書のテンプレを掲載。ブログに感化された読者約1000人がブログを通じて全国各地の弁護士会に送りつけたのである。  こうした不当な懲戒請求に対して、10月末から弁護士たちの反訴が始まった。それにより、懲戒請求をした、いわゆるネトウヨと呼ばれる人たちには意外にも高齢者が多かったことが判明したのだ。 「和解の申し入れや謝罪などの連絡をしてくる人が何十人かいるが、一番若い人で40歳。60歳や70歳という人もいたので、平均年齢は高いと感じました」(懲戒請求を受けた北周士弁護士)

 ネトウヨの高齢化が進んでいるのである。

(「日刊SPA!」より)

「日刊SPA!」では、「ネトウヨの高齢化」としているが、『ネットは社会を分断しない』では、「ネット原因説に疑問を投げかける」ので、「ネトウヨ」という表現をとっていない。

ここで言いたいのは強い政治的意見を持っているのが保守側もリベラル側も中高年であり、若年層ではないことである。そうだとすると分断のネット原因説と矛盾する。

(『ネットは社会を分断しない』より)

 ただ、ここで、一つの疑問もわいた。直接的に知っているわけではないが、それこそインターネット上で、「親 ネトウヨ」で検索すると出てくる大量の「事例」のことだ。それまでごく普通に働き、社会人として生きてきた親が、仕事を離れ、スマホを持つようになり、いつの間にか「ネトウヨ」になってしまった、という話が数多くある。

 だが、これも、『ネットは社会を分断しない』の中に、こうした指摘がある。

 一つだけ有意に過激化し、分極化が進むケースを見出した。
 それは、元々分極化がある程度進行していた人たちの場合である。

(『ネットは社会を分断しない』より)

 親がいきなり「ネトウヨ」になった状況の中にいて悩んでいる人には、失礼な推察かもしれないけれど、もしかすると、ごく普通に見えていた「親」が、実はその思考の中に、見えにくいけれど、元々、そうした分極化が息づいていた可能性もあると思う。

 それは、戦前生まれの世代でも、ごく平凡に生活しているように見えていた人が、日常会話の中で、「分極化」とも言える考えを口にすることもあったからだ。それは時代の影響を受けていた、ということかもしれないし、どこかで、それが世間ではないかとも思っていた。

エコーチェンバーの実際

 近年、インターネットでの「常識」の一つになってしまったと思えるのが「エコーチェンバー」だと思う。

 インターネットを利用すれば利用するほど、自分の意見に近い言葉ばかりに接するようになるのが、インターネットの仕組みであり、そのことによって、気がついたら思考が偏るような状況を指しているが、このことに関しても『ネットは社会を分断しない』は実態調査によって、印象とは違う事実を提示している。

あらかじめ結論を述べておくと、ソーシャルメディアでの選択的接触は実は強くない。調べてみるとツイッターとフェイスブックで接する論客の4割程度は自分と反対意見の人であり、決して自分と同じ意見の人ばかりではない。接する論客の9割以上が同じ意見の人という偏った人は1割程度しかいない。 

接する相手の9割以上が一方的な意見になってしまう人は5%以下しかいない。(中略)この結果から見るとエコーチェンバーに陥る人は限られているように思える。

(『ネットは社会を分断しない』より)

 この数字を見ると、ここ何年か言われているほど、エコーチェンバー現象は多数派でないことが分かる。こうした調査がなければ、もしかすると、もっと大勢の人が「エコーチェンバー現象」の中にいるという、実態とは違う印象のままだったのかもしれない。

目立つ極論

 それでも、毎日のように触れている「具体的」な言葉が過激であり、極論であれば、やっぱり分断しているのではないか、という感情に引っ張られる。

 だけど、それも調査による数字で、その思い込みを否定している。

 ヘビーライターは(中略)人数ベースでは0・23%を占めるだけであるが、そのわずかの人の書き込みが、書き込み数ベースでは50%を占めている。ということは、我々がネットで目にする憲法9条についての書き込みのうち半分は、このわずか0・23%の人の書き込みということである。ネットで目にする書き込みとは、そもそもこのようにごく限られたヘビーライターの書き込みなのである。

 強い意見の持ち主が人数の少なさを打ち消すくらいたくさん書き込んで初めて総書き込み数が増えてくる。ゆえに急進派の総書き込む数の方が多いということは当たり前ではなく、ひとつの特筆すべき事実である。

(『ネットは社会を分断しない』より)

 そして、この具体的な調査に基づく「主張」は、やはり説得力がある、と思う。

ネットで見える世論は保守・リベラルどちらかに偏った意見が過剰に代表されており、真ん中のサイレントマジョリティーの声を代表していない。ネットを見ていると人々は激しく対立し、世の中が分断されているように感じる。しかし、それは一部の極端な人の意見しか現れないというネットの特性のためであり、実際には分断は起きていない。人々は多様な意見に触れてむしろ穏健化しているのであり、民主主義にとって良い方向に動いている。ネットで見える世論を真の世論と思ってはならない。 

 この著書が2019年に出版されてから、3年が経とうとしている。それでも、こうした「事実」はあまり知られていないように思えるから、それは、感情的な印象をくつがえすような「事実」を受け入れる難しさも示しているのかもしれない。

おすすめしたい人

 日常、ネットに触れることが多い人。
 インターネットに希望が持てなくなってしまった人。
 SNS疲れを感じている人。

 今回、引用したのは、著書のごく一部です。もし少しでも興味が持てたら、ぜひ、手にとっていただきたいと思います。


 また、今回の著者の一人・田中辰雄氏が、以前、共同執筆している『ネット炎上の研究』も、合わせて読んでもらえると、さらに考えが深まるので、こちらもおすすめです。



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。





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