人類は、「PKをはずす人」と、「PKをはずさない人」に分かれるのかもしれない。(前編)
去年の話だから、すでに古い話題なのかもしれないが、あれから、ずっと気になっている。
2022年W杯は、日本代表は、スペインとドイツという、優勝経験国に対して、1次リーグで先行されながら逆転という「奇跡」を演じ、決勝トーナメントに進出。目標のベスト8まであと1勝まで迫りながら、クロアチア相手にPK戦で敗れた。
PKは、運である。
そんな言い方もされていたのだけど、その時から、PKってなんだろう。そんな抽象的な言い方が変だったら、PKをはずす人と、はずさない人は、どう違うのだろう、ということは、時々、考えるようになった。
スペイン代表のPK戦
同じく、決勝トーナメントに進んだスペイン代表監督は、PK戦に関して、独特の理論があったのが明らかになった。
だが、結果は、ある意味で残酷だった。
つまり、これまでPK戦で負けてきたからこそ、「1000回」の“宿題”を出していたのだろうし、詳細は不明だけど、こうしたトレーニングをしてきたチームが他に存在しないとすれば、このPKのトレーニングは無駄だったのだろうか。それとも、この“宿題”を、本当に全員がしてきたどうかを再検討した上で、PK対策を考え直すべきなのかもしれない。
ただ、その同じ記事の中で、こうした指摘もあった。
その後、W杯期間中、アルゼンチンは2回のPK戦を経験している。
アルゼンチン代表のPK戦
2022年のW杯決勝は、PK戦となり、アルゼンチンが優勝した。
PK戦の結果は、4対2。アルゼンチンGKの強さも際立っていたが、PKのキッカーとして、凄みを放っていたのが、フランスのエムバペと、アルゼンチンのメッシだった。
最初は、エムバペ。
走り込んで、迷いなく、強いシュートを左に決める。
この日は、延長までを含めると、3回目のPKになるけれど、おそらく、どれもほぼ同じコースに蹴り込んだ。
それは、優れたGKが、コースを読んだ上で跳んでも、人間である以上、決して止められないようなスピードで、いつも同じシュートを打つ、というスタイルに見えた。
すごいプレーヤーであることが、PKからもわかった。
アルゼンチンの最初のキッカーは、メッシ。
ゆっくりした助走で、ゴールキーパーが動くのを待ってから、その逆をついた。それは、この試合でのPKと同じスタイルだった。サッカーは人間と人間の戦いである、ということを知り抜いているように見えるプレーだった。
これもすごいことだった。
エムバペは、圧倒的なプレーヤーとしての力で、メッシは、この日のアルゼンチンのプレーヤー全体から感じていたけれど、人の強さによって、どんな時でも、まずはずさないように思えた。
アルゼンチンは、準々決勝でのPK戦で、こうしたプレッシャーにも負けなかった。
強いプレーヤー。強い人。
どちらも、PKははずさない。
そのことは、W杯という大舞台で、改めて分からせてくれたように思う。
だけど、少しでも歴史を振り返れば、すごいプレーヤーであるのは間違いないのに、それでもPKをはずすことはある。
だから、PK戦に関しては、分からなくなってくる。
1994年ワールドカップ決勝
W杯の決勝がPK戦になったのは3回目だった。
単純に考えれば、もっともプレッシャーのかかるPKではないだろうか。
最初は、1994年。アメリカW杯。日本代表が、ドーハの悲劇で出場を逃した大会の決勝は、イタリアとブラジルの戦いになり、延長まで戦って0対0でのPK戦だった。
その最初のPKを蹴ったのは、イタリア代表のバレージだった。30代のベテランで、その頃すでにレジェンドと言われているような存在。この決勝でも、ブラジルのエース・ローマリオを、鋭い読みで抑え込んだ凄さを感じたのに、PKをはずした。
視聴者として、こんなすごい人でも、PKが入らないことがあるんだ、と思っていた。
PK戦は進み、イタリア代表の5人目のキッカーはエース・バッジョだった。
ここではずせば、ブラジルの優勝が決まる場面。
そのシュートは、はずれた。
前年にバロンドール賞を受賞し、世界最高のプレーヤーと言われている人でも、はずすんだ、と遠い日本でテレビを見ている人間にとっても、意外だった。
落胆するバッジョに、相手チームのGKが「それでもあなたは偉大な選手だ」と声をかけた、とも言われている。
それが、事実かどうかもよく分からないのだけど、それが本当に思えることの理由の一つは、PKの成功率と、サッカーのプレーヤーの凄さは、決してイコールではない、という認識が共有されているせいではないだろうか。
この場面に関してバッジョは、こう語っているのだけど、これは、つまり失敗の本当の理由については、もしかしたら、本人でも完全に把握していない、ということなのかもしれない。
日本代表のPK戦
日本代表は、2022年のW杯でPK戦で敗れたが、大きな国際大会では3回目になる。
そのことで、改めて「PK戦」に関して、注目が集まった。
その後、PK戦に関して、半年ほど経った頃には、まだ継続した関心を集めているようには思えないのだけれど、それでも振り返るとすれば、2022年のW杯の時の相手のクロアチアは、日本代表がPK戦を戦ったパラグアイ、アメリカに比べると、タフという意味で、個々人が「強い」チームだったと思う。
あまり環境だけを強調するのは失礼だしフェアでないかもしれないが、クロアチアの国自体が、大変な時期があって、W杯に出場しているプレーヤーたちにとっても無縁ではなかったはずだ。その上、2018年のロシアW杯では、延長を何度も勝ち上がって、決勝まで進んだ経験もあり、その時のメンバーが多く残っていた。さまざまな経験値が高いのが2022年W杯の、クロアチア代表というチームに見えた。
その相手に対して、PK戦が始まった時、テレビで見ていた視聴者にすぎないけれど、すでに日本代表が勝てる気がしなかったのは、ペナルティキックへ向かう日本代表のプレーヤーたちは、蹴る前から、やや足元がふわふわしているように見えた。
あの場所は、どれだけのプレッシャーがあるのだろうか。
同時に、本当に「PK戦は運次第」と言っていいのだろうか、といった疑問は、ずっと続いているようにも思う。
中田英寿
PKについて、わからなくなるのは、過去に「この人は、はずさなさそうだ」と思えるほど、実績もあり、技術も体力も精神力もあり、試合中にはタフで冷静なプレーヤーであっても、必ずしもPKに強いとは限らないことだ。
例えば、前出の2000年のオリンピック準々決勝でのPK戦。
この時は、中田英寿がPK戦で、それもポストにあてて、ゴールにならず、試合に負けた。これまでの中田のキャリアから考えても、サッカーの観客側としても、おそらくは、この時の日本代表でも、もっともPKを決めそうだったのが中田だった。
だから、意外な出来事だった。
試合でのPKを知っているプレーヤーや、元プレーヤーほど、PKをはずした人間に対して、否定的な発言をしない印象がある。それは、かばっている、ということではなく、その場所に、どれだけ過酷な時間が流れているか。を知っているせいだろうか。
釜本邦茂
さらに、ある年代以上の方にしか通じないかもしれず、申し訳ないのだけど、1968年に、本当はかなり綿密な準備をして臨んでいたという話も聞いたことがあるのだけど、その年のオリンピックで、突如として銅メダルを獲得したのが日本代表だった。
その時のエースストライカーは釜本邦茂で、その後も、日本を代表するストライカーとして長く活躍し、Jリーグが開幕してからは監督も務めている。点をとることに、生活すらを集中させたようなストライカーで、タフなイメージがあったのだけど、意外なことにPKを苦手としていたことを知った。
最後の、引退を考えるエピソードも含めて、本当にストライカーらしいと思えるのだけど、こうしたプレーヤーであっても、失敗体験によって、PKを蹴ることができなくなってしまう。とはいっても、その後、4年連続で日本リーグで得点王を獲得しているから、シュート自体ができなくなっているわけではない。
試合の時の得点と、PKは、別のものと言えるかもしれない。単純に精神的な強さだけで語れるものでもなさそうだ。
PKの研究
当然というか、すでに「PKの研究」をしている研究者も存在する。
それほどサッカーに詳しくないとしても、PKの成功には、心理的要因が大きく関係するのは、予想されることだったと思う。
ただ、この研究を知って、1994年のW杯決勝のPK戦でのバッジョは、W杯の決勝という、これ以上ないほど重要な試合で、「外せばチームの敗北が決まる場面」の上に、その前年に「バロンドールを受賞」しているから、もしかしたら、このときは、サッカー史上、もっともプレッシャーが大きかったPKかもしれない、と思った。
アルゼンチン代表の準備
W杯で、もっともPK戦に強いチームといっていいアルゼンチン代表は、繰り返しになるが、2022年で、またPK戦での強さを見せたが、おそらく、どのチームよりも、PK戦は精神的な重圧がかかることを前提として、その準備をしたようだった。例えば、PK戦、4人目のキッカーを、モンティエルにしたこと。
もちろん、PK戦も見据えて、キッカーとしての素養を持つ選手を投入する意味合いもあったはずだ。
これだけの強靭な精神力を持っているプレーヤーを、おそらくはPK戦を見据え、途中で出場させ、その上で、もっとも重圧のかかると思われる順番のキッカーに起用した。
アルゼンチンは、PK戦は運次第と考えていないかもしれない。というよりは、運が左右するとはいえ、その運を最大限に引き寄せる準備をしている、と言えるのだろう。
PK戦という特殊状況
サッカーが日本でメジャースポーツになったことで、PKといえば、何を指すのかは、ほぼ「常識」になってきた。それは、「サッカー冬の時代」に、平凡なサッカー部の平凡なプレーヤーだった人間にとってみれば、それだけで、ちょっとうれしい。
PKとは、ペナルティー・キック。
誰にとってペナルティなのかといえば、ゴールを守っている側にとってのペナルティになる。つまり、攻撃側が、ほぼ得点になる場面を、守備側が反則によって止めた、と判断された場合に、主審によってジャッジされる。
そして、ゴール前のペナルティ・スポットにボールが置かれるが、そこからゴールラインまでは約11メートル(12ヤード)。
ゴールは「規定の大きさはゴールポストの内側が7.32m、クロスバーの内側の高さが2.44mのものを使用します」とされている。
こうした数字を並べても、実感としては分かりにくいはずだが、PKを経験した人なら誰でも分かってもらえるのだけど、この位置からシュートをするのは、ゴールキーパーがいたとしても、入って当たり前の距離だ。しかも、ゴールキーパーは、キッカーが蹴る前に動いてはいけない。
何もない状況であれば、ゴールはとても大きく見える。
どうして、ここまでキッカーに有利なのかといえば、繰り返しになるが、得点になるはずの機会を、守備側が反則によって防いだ、と審判が判断した、守備側にとっての「ペナルティ」だからだ。
つまり、あらく言えば、入って当たり前のシュート。それがペナルティ・キックで、試合中であれば、得点できたはずなのに、その機会を奪われた、という必然性があるから、決めてやる、という集中力を発揮しやすいと思われる。
だけど、PK戦は、これまでの、常に動き回って、チームのメンバーと一緒にゴールを目指しているサッカーというゲームとは違って、止まった状況で、たった一人でシュートを決めなくてはいけない。
すべての責任は、自分にかかる。
その上、大きな試合になればなるほど、そのキックの瞬間に至るまで、スタジアム中の注目が集中し、W杯のような舞台になれば、世界の何億人が見ている。ゲーム中であれば、そんなことを考える余裕はないはずだ。常に移り変わるゲームの局面に対応し、勝つために思考も動かせ続けなくてはいけないからだ。
だけど、PK戦は、チームメイトと一緒にいる場所から、ボールを蹴るペナルティ・スポットまで歩いて行くとき、同じピッチの中なのに、誰も、その動きを邪魔をしない。だから、今の状況のこと、これからやるべきこと、そして、それがどうなるのか。はずしたら、どんな状況を招くのか。
そんなことも、おそらくはイメージしてしまう。
PKの重圧感
優れたプレーヤーほど、想像力も卓越しているはずだから、もっと具体的に頭に浮かんでいるかもしれない。入って当たり前の距離からのシュートだから、それで余計に、怖くなったり、緊張感が高まる可能性がある。
どんなレベルであっても、PK戦を経験した人であれば、サッカーというゲームの中で、その行為が異質であり、そのレベルによって重さは違うにしても、重圧感があることは理解できるのだと思う。
そして、その場面でモノを言うのは、やっぱり精神的な強さだということも、知っているはずだ。
しかも、PK戦でボールを蹴る人というのは、チームにとっては選ばれた人でもあり、当然ながら、それほど頻繁にPK戦が行われるわけもない。だから、経験した人自体が多いとは言えない。いくら「1000本」ペナルティ・スポットからシュートの練習を繰り返したとしても、実際にPK戦に突入した時に、全く違うことだと分かるはずだ。
しかも、決めたとしても、歓喜よりは、安堵が上回りそうだから、得点の喜びとも遠そうだ。
誰にとっても、W杯のPK戦は、初めての体験に近い。だから、もしかしたら、その状況がよくわからないほどの重圧感に飲み込まれているうちに、気がついたら、ボールを蹴ってしまっているのかもしれない。
他のどこでも経験できないようなプレッシャー。
それがW杯でのPK戦であり、どんなレベルであってもPK戦を経験した人間にとっては、世界最高峰のプレーヤーたちが、普段だったら絶対に外すわけもないペナルティ・スポットからのシュートをはずし、呆然とする姿を、テレビ画面などで見て、あの場所がどれだけの重圧感のある場所なのかを想像する。。
だから、PKの失敗に対して、それほどの非難が集まらないのではないだろうか。
逆に、あの場面で PKを決めたプレーヤーたちが、どれだけの精神的な強さを持っているかと想像すると、素直に頭を下げたくなる思い、になる。
それが、W杯のPK戦というものだと思う。
(※「後編」に続きます)。
(他にも、いろいろなことを書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。
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