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読書感想 『ルポ 脱法マルチ』 「新生活のための必読本」

 4月は、新しい生活に入る人も多い。

 初めての一人暮らしを、それまで知らない土地で始める人もいるだろうけれど、不安はあるにしても、楽しい気持ちも強いから、こうした「脱法マルチ」といった、よく分からないけれど、明るくなさそうな言葉自体に触れたくないはずだ。

 ただ、私自身も、この本を読むまで、今も、こんな怖いことがあちこちで起こっていることを全く知らなかった。それに、この「脱法マルチ」に関しては、特に、新生活の若い人たちをターゲットにしているようなので、とても余計なお世話なのだけど、知っておいた方がいい「常識」になっていると思う。

『ルポ 脱法マルチ』  小鍛冶孝志

 著者は、毎日新聞の記者だが、同時に、20代の、若者といっていい年代。それも、東京に転勤をしてきたのが、2020年のコロナ禍で、外出もままならない時だった。そんなときに、不思議な集団と遭遇する。

 鬱憤がたまったある日の夕暮れ、初めて彼らと遭遇しました。在宅勤務を終え、日用品を買うため商店街を歩いていると「居酒屋知りませんか」と、同年代の男性二人組から声をかけられたのです。二人は私に質問を続け、年齢や出身地、職業など根掘り葉掘り聞いてきました。
 東京に来てから、ここまで誰かとフランクに会話したのは、初めてだったかもしれません。同年代との会話もうれしく思いました。ただ、うまく言葉にできないのですが、彼らの言動の節々から強い「違和感」を感じ取りました。
 大げさに高笑いするが、目は一切笑っていません。こちらの回答には興味を示さず、テンプレートのように質問を繰り返してきました。五分ほど立ち話を続け、彼らは連絡先を尋ねてきました。抵抗を感じ、急いでいるという理由から、その申し出を断りました。

 著者には、職業柄なのか、警戒心が働き、そこで関わりを断つことができたのかもしれないが、もっと孤立感が強い場合は、連絡先くらいは交換してしまうかもしれない。

 そして、それが、「脱法マルチ」への入り口になっている。

マルチ商法

 マルチ商法、という言葉は、よく聞いたことがあるが、怖いもの、という漠然としたイメージだけしかなかった。恥ずかしい話だが、違法とされている「ねずみ講」との違いも、自分自身も、よくわかっていなかった。

無限連鎖講防止法は一九七八年に制定、翌年に施行された。ねずみ講が全国的に横行、被害者が急増し、社会問題を引き起こしたことが背景にある。

 それは、「ねずみ講」が、その年までは、違法ではなかったということになることに、ちょっと驚きもあるし、さらには、マルチ商法も、それ自体は、今でも違法とされていない。それは、この行為が犯罪である、と定めないといけないのだけど、マルチ商法は、あらゆる形になるから、犯罪にできないらしい。

特商法で、マルチ商法には厳しい規制がかけられているが、規制を逃れる「脱法マルチ」も後を絶たない。近年では、新しい形態のマルチ商法が次々誕生し、消費者との新たなトラブルや、行政機関とのいたちごっこを生んでいる。

 だから、「脱法マルチ」は、違法とは言えない。そして、自らが「マルチ」と名乗ることもないはずで、もしかしたら、「マルチ」と知らずに、すでに、そこに足を踏み入れていることもあるはずだ。

 そして、著者は、「脱法マルチ」の実態を「潜入取材」するため、「いい居酒屋を知りませんか?」と、次に声をかけられた時は、連絡先を交換することにした。

マルチの手前

 そこから書かれていることは、集まって、遊んだり、飲食をしたり、通常の友人になっていく過程と、とてもよく似ているように思えた。こうして、その時間の中で、特に仲良くなっていったり、場合によっては男女交際に発展していくのだろう、という光景と、とても似たものとしても、描かれている。

 通常と違うのは、いつまで経っても、ニックネームだけで、本名などは明かさないことと、仲良くなってきたと思う頃に、ビジネスオーナーとして成功するために、という前提で、セミナーなどの参加も勧められることだ。

 著者は、この時点で、この「潜入取材」から撤退する。

 そのことによって、「取材としては踏み込みが浅い」と批判もされているが、それは、著者にとっては、そうしたお金が、その組織の資金になるのを少しでも避けたい、という正当な理由もあると記されている。

 ただ、読者としては、それだけではないのではないか、などと邪推してしまった。

 なんとなく孤立感を抱えているところに、同世代の人間から積極的に声をかけられ、そして、毎日に、なんとなくの不満や不安を抱えているところに、新しいビジネスとしての話を持ちかけられる。
 そこに危うさも感じながらも、一緒に頑張ろう、などと、少し仲良くなってきたと思える目の前の人間に言われ、もし、さらに足を踏み入れたら、もしかしたら、「やりがい」や「生きがい」を感じてしまい、抜けられなくなるのではないか。

 そんな怖さもあって、著者は、ここで取材をやめたのかもしれない。

 だけど、ここまでの過程を明らかにしてくれただけでも、こうした「脱法マルチ」のターゲットは、新生活を始めた若い世代と言われているので、警戒の仕方が、少しでも分かるように思う。

「脱法マルチ」の方法

 こうした「潜入取材」と、「脱法マルチ」をやめた元構成員や、被害にあった人への支援者、といった関係者への取材によって、さらに、「脱法マルチ」の全体像も明らかにしようとしている。

都会に出てきたばかりの新社会人や学生が、格好の標的になる。いわば「草刈り場」だ。慣れない土地や人間関係に悪戦苦闘している若者の心の隙間に、マルチ商法は「親しみ」を持って忍び寄ってくる。 

 組織の構成員は東京や大阪を中心に、数千人規模とみられている。
 組織は特定の名称を持たず、「事業化集団」「環境」「アカデミー」「チーム」などと呼び名を次々と変遷させている。構成員は、経営者や起業家を意味する「ビジネスオーナー」を目指して活動している。

 組織は「ビジネスオーナーになるためには、一緒にがんばり、信頼できる「仲間」が必要だ」と説く。街中での声かけは「現場」と呼ばれ、構成員は駅前などに通って活動の輪を広げる「友達作り」「仲間作り」に励んでいる。

 組織内ではそれぞれがあだ名で呼び合い、本名ではやりとりしない。距離が縮まったとみたら、参加費がかかる組織の勉強会や経営セミナーにも勧誘。相手を少しずつ組織の価値観に染めていく。この工程は、組織内で「チームビルディング」と呼ばれる。
 構成員はセミナーなどで、「経営の「師匠」の下、五〇人の友達を作ると自分も店舗オーナーである「師匠」になることができ、年収が飛躍的に上がる」と説明を受ける。

事業化集団の手口はキャッチセールスに似ているが、時間をかけ、納得させた上で、毎月一五万円分という高額商品を購入させている。被害者が商品を購入する「師匠」の店舗は、実際に営業しているとも聞く。表向きは普通の小売店を装うことで、消費者庁や警察など、関係当局から特商法違反との指摘を受けることを避ける狙いがあるのではないか。極めて巧妙だ。

「生きがい」搾取

 最初は「オレオレ詐欺」といわれ、今は「特殊詐欺」と名づけられている犯罪も、人の不安や、家族に対しての愛情などを悪用しているため、「私はだまされない」と思っている人ほど、被害にあいやすいとも言われている。

 その原則は、この「脱法マルチ」にも当てはまるようだ。

 組織を辞めた元構成員が、一様に口にした言葉があります。
「自分はマルチにはまらないと思っていた。気づいたときには、すべてを失っていた」

 そして、こんな証言もある。

ある関係者は、組織にだまされやすい人物の特徴について「純粋で、人が良い人間であること」と説明しました。

 しかも、この書籍に書かれているやり方よりも、時間がたつと、「特殊詐欺」のように、その方法は、さらに更新され、洗練されている可能性が高い。

組織はマルチとカルトが合わさった極めて悪質な集団である

 そんなふうに関係者からは評されるほど、「脱法マルチ」は、いってみれば「生きがい搾取」のような方法だから、それは、人の心までからめとる怖さがあると思う。

 これから期待や楽しさが待っているはずの、新しい生活で、こんな明るくないことを考えるのは、嫌だとは思うのだけど、少しでも知っていれば、やっぱり、「脱法マルチ」に、はまりにくくなるはずだ。

おすすめしたい人

 これから、新しい生活を、新しい場所で始める若い世代の人たち。

 最近、知り合った人たちに、何か違和感を覚えている人。

 新入生が入学する学校関係者や、今年も、新入社員を迎える会社関係者の方々。

 今回の紹介で、少しでも興味を持ってもらえたら、こうした「脱法マルチ」の組織の中で使われる独特の言葉についても詳細に触れられていますし、できたら幅広い人に、読んでもらいたいと思っています。


(こちら↓は、電子書籍版です)。




(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。





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