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私を見て

線香花火みたいだ。
今年も夏は死んでしまって、もうどの店も花火の商品棚は撤去されている。
それでも火を灯そうとしている。
冷たくなった夜風から護ってくれる人がいない。
無慈悲に揺すられて、それでも振り落とされないようにしがみつきながら弾けてみる。
火の玉を落としてしまわないように。光を絶やしてしまわないように。

拝啓、
そう書いて手が止まる。言葉を忘れる。
吐き出したい想いが多すぎて喉が詰まる。
喉の奥に指を突っ込んでみても出るのは消化液くらい。
言葉が生まれるところ。
想い。
私が渇望しているのはなんだ。
名前しか知らない。形を知らない。色を知らない。感触をしらない。匂いを知らない。
ならばそれをどう定義すればいいのだろう。

「嫌い。」

違う。

「大嫌い」

違う。違う。

どうしていつもいつも。
こうなってしまうんだろう。

言葉を裏返すのはいつだって膨張した恐怖心だ。
伸ばした手を叩かれても、冗談だよ、なんて誤魔化しておけばなんとかなる。
傷ついた、なんて言ってしまえば途端に脆くなってしまうから。

傷つける前に傷つけてしまえば、なんて思うのにそんなことできるはずも無い。
善とか偽善とかそんなのどうだっていい。ただ怯弱なだけだ。傷つけるより傷ついた方がよっぽど痛くない。

「一度口にした言葉は決して元には戻せない」
誰かが耳元で囁いて、私は膝から崩れ落ちる。
泣いて、泣いて、泣いて、喚いて。
涙と涎と洟水で顔がベタベタになったら自分で拭わなくてはならない。

いつまでも子どもではいられないよ、なんて蔑まれて。
そもそもいつから子どもだったんだよ。
こどもってなんだ、おとなってなんだ。
睨み返してやりたいのに、声の主は煙のように消えてしまう。元から誰もいなかったのかもしれない。

伸ばした手でどこを掴めばいいのだろう。
その術を教わらなかった。
振りほどかれてばかりで疲れてしまった。

「ねぇ。それでも─────」
嗚咽ばかり漏れて先の言葉が繋がらない。
貴方は歩み寄ろうとはしてくれないの?

何度手を振りほどかれてもまた伸ばしてしまう。
その度に転んで膝を擦りむいて、手のひらに石が埋まって、でも心の傷がいつか癒えるならそんなこと大したことじゃないから。

私は私を辞められない。

愛し方を知らない。愛され方を知らない。
愛を知らない。光を知らない。温もりを知らない。
頬に触れた手はまるで死人のように冷たくて、泣くのを忘れて、ついでに呼吸も忘れた。
それでもその手に自らの手を重ねて体温を共有したいと思ってしまう。この気持ちがもしも、私が欲しくて欲しくて堪らないものなら。

「ねぇ。それでも。」
『私は貴方を愛しているよ。』

喉の下で蟠った言葉たちを伝えられる日は来るのだろうか。

線香花火みたいだ。
夏が死んでも、冬に呑まれても、火を灯そうとしている。
冷たくなる夜風から護ってくれる人はいない。
無慈悲に揺すられて、それでも振り落とされないようにしがみつきながら弾けてみる。
火の玉を落としてしまわないように。光を絶やしてしまわないように。

「綺麗だね」って言って欲しかった。
他でもない貴方に。
愛おしそうに見つめる瞳の先が私であれと願うの。

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