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【短編小説】2018年12月28日 カラオケ喫茶で哲学

 いつぶりだろう?こんなに真剣に思考するのは…10年ぶりくらいになるだろうか…真っ暗な公園でブランコに座り、視覚と聴覚を遮断して考え抜いたが自分の限界を感じて項垂れた。
 そして、その夜にカラオケ喫茶に行った。H氏が来ていたら連絡が欲しいとママに事前に知らせてあったからだ。その日は賑やかな夜で、閉店時間が迫りチラホラとお客さんが帰っていく中、自然とH氏と僕だけになった。
 僕はすかさずH氏に話しかけて、タイミングを見計らって、質問をしてみた。
「Hさん。Hさんにある重大な問題が起こったとして、自分だけで解決できる可能性は1%未満。今までお世話になった人たちを巻き込む形で解決する確率は99%。その内、家族・親戚を巻き込む形で解決する確率は40%とする。Hさんならどうしますか?」
すると、Hさんはビールを一口飲んでから、
「あなたならどうしますか?」
と逆質問してきた。
面食らったが、僕は真剣に答えた。
「家族・親戚、友人、これまで生きてきた中でお世話になった人の為なら、最善の為に知恵を絞ります。」
「ですよね。あなたは大丈夫や。生きている」と言われた。
確かに。死はせんよな。
「51点でいい。100点などあり得ない」とも言われた。
確かに神さまではないのだから、100点を目指す必要なんてないし、50点を1点でも上回っていれば御の字だろう。
 H氏は御年76歳のおじいちゃんで、小学校2年生の時から泣いたことも笑ったこともないそうだ。
「あなたも泣かないでしょう?」の問いに、
「その場では泣きません。ですが、後で泣いてしまうかもしれません」と答えた。
「本当に?」と聞かれたが、実際に事実。
「何で泣かないでいられるのですか?」の問いに、
家族や友人の不幸があったとしても、
「お疲れさん。またな。俺ももうすぐそっちに行くからよ。ビールを冷やして待っていてくれ」と思うそうだ。
 H氏はあるときに疑問を持ち、お寺のお坊さんの説法を聴いて回ったそうだ。何を質問したかは聞いていない。それでも納得がいかず、ある一人のお坊さんだけが、
「私もです」との答えに、
「あっそうか。そうか」とピンとくるものがあり、H氏の頭の中で、くるくるくるとなって、ひゅっとなったそうだ。
まあわかる。固定概念の枷が外れるのだ。僕も24歳の頃に経験した。
「これからはあなたたちの時代です。あなたの部屋は6畳半でしょう?」と言われた。
本当は6畳だ。半ってなんだ!?
するとH氏は笑いながら、
「上を見てごらんなさい!!」
神さまや家族が見守っているとでも言いたかったのだろうか…まだ、自分の中で解が出ていない。
「どなたかと結婚してほしい。惚れている女性はいるのかい?」。
「今はいません。過去には一人だけいました」
「もてるでしょう?」
「学生時代はもてていた時期もありましたが自分がはっきりと好きって言えるまで付き合えないんです」
「もったいない。付き合ってから好きになるかもしれないのに」
「ご両親は?」
「いないです。他界しました」
「やっぱり…」
「で、いつ結婚するの?」
「明日、結婚します」
「どこで?」
「脳内で」
それ以外、答えようがない。
「いいですね。子供は作らないの?」
「どうでしょう…まだフラれるかもしれないので…」
(フラれるも何も妄想だのだ!本当は結婚相手などいない!正常です!)
「子供は何故作るのですか?」、
「本能でしょう」
「子供はかわいいですよね?」
「自分の子供なら尚更かわいいでしょうね」
僕は3つ子がいたがパートナーが流産した経験がある。
「僕は人間として失格なのでしょうか?」
「まだわからないじゃない」
確かに。そこまではまだわからない。
「何で今日は飲んでないの?」
「帰ってからすることがあるので…」
「何するの?」
「指輪を作ります」
「あはははははっ!?手作りで!?いいですね!!」
僕の渾身のボケが決まった。
言葉は嘘。言い方悪いが真実ではない。これについては、自分でも経験上、よくわかっているつもりだ。
「Hさんはお仕事引退されていますよね?」
「まっちょろちょろっとしていますが、本業は引退しています」
この時に気づくべきだったんだ。今に思えば。
「あなたは結婚したら別れない方がいい」
僕の人となりを見てそう言ってくれたのだろう。
「不幸になったらどうしますか?」
「不幸になったらその状況を楽しもうと思います」
実際に行動に移せるか怪しいが…。
「今日はすんまそん!」とH氏が敬礼のポーズをとった。僕も倣って、
「ありがとうございました!」と敬礼のポーズをとる。
H氏のおかげで頭の中のモヤモヤが晴れた日だった。





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