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【小説】腹黒い11人の女

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「若い女じゃなくなったら、どうすればいいんだろうね」 結局、私も、 「私はこんな口だけの人間じゃない」と思いながらも、何もしていなかった。 現実に疲れ、夢に立ち向かう勇気を失… もっと読む
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【小説・腹黒い11人の女】ファンタジーは今も生きている人間のために(終章)

【小説・腹黒い11人の女】ファンタジーは今も生きている人間のために(終章)

あの頃には書き切れなかった話をしようと思う。

この『腹黒い11人の女』には膨大な原稿があり、実はまだ掲載し切れていない章がある。
なぜ、書き始めたのは20年前、出版したのは10年前のこれらの作品群を2022年の今こうして再掲載しているのか、自分でもわからなかった。
書き終わったものを後生大事にしまっておくのも性に合わない。終わったものは手放してきちんと終わらせたい。
在庫一掃クリアランスセールみ

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【小説・腹黒い11人の女】2012年初版出版時のあとがき

【小説・腹黒い11人の女】2012年初版出版時のあとがき

 学歴もなければお金もない、身を寄せる相手もいず、もう立ち上がる元気すらない。そんな時に、若い女は一体、何処に行けばいいのでしょうか。

 あの頃の私が選んだ行き場所は、都内某所にあるキャバクラでした。

 手っ取り早くお金を稼ぎたかった。ちゃんと働く自信がもうなかった。前を向く事以前に、立ち上がる事さえ出来なかった。夢など全部捨てたかった。何かを信じて歩き出すことなど、もう二度と出来ないよう

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【小説・腹黒い11人の女】(22)「腹黒い11人の女」

【小説・腹黒い11人の女】(22)「腹黒い11人の女」


 どうしようもなく情に流されやすい店長は、退店すると言った私をさんざん引き止めた。
「ちえりちゃんがいなくなったら困るよ」
 私は、肩をすくめてこう答えた。
「またまた。この成績じゃむしろいなくなった方がいいでしょ」
「そんな事ないよ、ちえりちゃん指名取ってる方だよ」
 店長は慌てた様子でそう言ってくる。私はその発言に噴き出した。
「私が指名取ってるってその発言は無茶でしょ。成績、下から数えた

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【小説:腹黒い11人の女】(21)「レースの合図、運命の合図」

【小説:腹黒い11人の女】(21)「レースの合図、運命の合図」

 運命などという言葉を、私は今まで信じた事がなかった。女達の中には男と出会う度に「これは運命だ」などと言い出す奴がいる。だが、私は苦笑いするばかりだった。けれど、今の私は運命だと思うしかない出来事があると思っている。それは、単なるおめでたい思い込みかもしれない。けれど、運命は多分、思い込んだもの勝ちなのではないだろうか。少なくとも、私は今、そう信じている。

 あの日。繁華街にある訳でもなく、風

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【小説:腹黒い11人の女】(20)「同じ月を今も見ている」

【小説:腹黒い11人の女】(20)「同じ月を今も見ている」

 その頃から、私の仕事に対するやる気は一切と言ってもいい程になくなった。客からのメールも電話も全て無視した。店に来た客にも熱を入れて接する事はもはや出来なかった。その前からけしていい成績を出していたとは言えなかった私の指名数は更に減少した。

 うちの店のノルマは、他の繁華街にある店舗と比べれば格段に少ないが、それでも月に一度、客を最低二組呼ばなければならない週があった。ノルマを達成出来ないと、

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【小説:腹黒い11人の女】(19)「檻の中で共食いするハムスターのような二人」

【小説:腹黒い11人の女】(19)「檻の中で共食いするハムスターのような二人」

 客ならば、簡単に着信拒否設定に出来る。けれど、私は永村の番号を拒否する事が出来なかった。客に対して非情になれるのは、仕事だからだ。だが、永村との関わりは仕事ではなかった。

 永村からは、その日の内にメールが来た。

『予定があったのに引き止めてごめん。でも、嬉しかったよ。次はいつ会えるかな』

 彼のメールからは、私の事を新しい恋愛の相手として位置づけている事が感じられた。だが、私は、永村と会

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【小説:腹黒い11人の女】(18)「再会、妄執、朝に阿呆と鳴くカラス」

【小説:腹黒い11人の女】(18)「再会、妄執、朝に阿呆と鳴くカラス」

 非通知や知らない番号からの電話は取らない。水商売を始めて三ヶ月もすれば、誰もがそうなるものだ。客はほぼ例外なくしつこく、女達が着信拒否を設定しても番号を変えて電話をしてくる。だから、私も、携帯の音が鳴るとまず表示される登録名を確認する癖がついていた。だが、私はその日、その習慣を破った。

 花見も終わり、ゴールデンウィークまでやる事がない四月半ば。私は、その日、久しぶりに二連休を貰っていた。大抵

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【小説:腹黒い11人の女】(17)「カードとえりさと、強くなんかない私」

【小説:腹黒い11人の女】(17)「カードとえりさと、強くなんかない私」

 三月。年度が変われば、企業や大学と同じように、キャバクラに勤める女達の顔ぶれも入れ替わる。だが、うちの店の面子はほとんど変わらない。居心地が良いせいか、女達の誰もがなかなか退店しないからだ。近隣に配布するチラシにはいつも『最強新人レディ続々入店中』と書いてあるのに全く誇大広告だ。

 そんなうちの店にもこの四月、久しぶりに新人が入った。十九歳のえりさだ。

「久しぶりの最強新人レディだね、よろし

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【小説:腹黒い11人の女】(16)「よくある話、過去の話、枯れ枝のような女と私」

【小説:腹黒い11人の女】(16)「よくある話、過去の話、枯れ枝のような女と私」

 金を貰っている以上、客を不愉快にさせてはならないのは、当たり前の話だ。私は、客に対して非常に心無いが、仕事に対する最低限の責任と義務感は持っていた。けれど、ここに勤め始めて迎えた二度目の冬の終わりかけに、私は思わず、客の前で我を忘れてしまった。

 新年会も終わり、バレンタインも終わると二月は途端に暇になる。その年の寒さは一段と厳しく、女達は毎日、首をすくめて出勤していた。

 平日のある日。

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【小説:腹黒い11人の女】(15)「大輪の花はただそこに咲く」

【小説:腹黒い11人の女】(15)「大輪の花はただそこに咲く」

 うちの店の女達は、全員それぞれの魅力があるが、花のような、という形容が似合うのはだりあだけだ。私は、彼女の源氏名を聞いた時、その名がつけられた理由を深く納得した。幾重にも重なる豪奢な花びらと赤やオレンジの華やかな色合いを持つダリアは、正に彼女のイメージにぴったりだった。

 厚い肉感的な唇と、びっしりと生え揃った睫毛に縁取られた大きな瞳が乗るのは、こっくりしたクリーム色の肌。それを縁取る量感のあ

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【小説:腹黒い11人の女】(14)「男でなければ埋められない穴、男など何の役にも立たない夜」

【小説:腹黒い11人の女】(14)「男でなければ埋められない穴、男など何の役にも立たない夜」

 純の男の話は、店の中では定番の話題だ。純はいつも男を追いかけているが、大抵はすぐに別れてまたすぐに次の男と付き合っている。もう二年も恋人がいない私からしてみれば、呆れるくらいのフットワークの良さだ。

 年が明けて一月。水商売はとかく年末が忙しい。さすがの純もその忙しさのせいかしばらく男の話をしなかった。だが、慌しさがようやくひと段落した今でも、相変わらず純から男の話が出てこなかった。いつもなら

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【小説:腹黒い11人の女】(13)「クリスマスはものまね王座歌合戦とミモザの味」

【小説:腹黒い11人の女】(13)「クリスマスはものまね王座歌合戦とミモザの味」

「なんだよ! こんな店、ありえないよ!」

 店に入るなり叫んだ私に、あいは、不機嫌そうに

「あぁ?」

と答えた。

 その日、遅れて出勤した私の目に入ったのは、赤に白のファーをあしらった超ミニスカートのサンタの衣装を着た女達がやる気なく、ものまね王座歌合戦に見入っている姿だった。

 じゃがりこを食べながら、ソファの上で体育座りしている女。足をだらしなく開いて、背もたれにぐにゃりと寄りかか

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【小説:腹黒い11人の女】(12)「ヒカルは勤勉2」

【小説:腹黒い11人の女】(12)「ヒカルは勤勉2」

 九月も終わりに近づき、ついこの前まで焼けるように熱かった日差しは既に落ち着き始めていた。夏休みを利用して海外に行った客からの土産の菓子も店からなくなり、私達は結局今年は海に行かなかったなどと言いながら、いつもと変わらない店内にいた。もうそろそろ、エアコンの温度設定変えなきゃ、と誰かが呟いた。秋は人恋しくなる季節だという。だが、常日頃、人にまみれた生活をしている私達には、そんなものは関係なかった。

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【小説:腹黒い11人の女】(11)「カートのいないコートニー」

【小説:腹黒い11人の女】(11)「カートのいないコートニー」

 この店で一番インパクトのある女が誰かと言えば、迷いなく誰もがこう答える。コートニー。ニルヴァーナのカート・コバーンの恋人だったコートニー・ラヴが由来の名前を持つ女、コートニーだ。

 コートニーが入店してきたのは、私が店に勤めて一年半近くなる頃だった。更衣室から出てきた彼女を見て、待機席にいる女達は目を瞠った。足首や首の後ろ、腰骨などにポイント程度のタトゥをしている女は今時随分いる。だが、コー

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