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いつか

記憶が過去の思い出に変わるまでにはどれほどの時間を要するのだろうか。
いつか聞いた話によると、人は交際相手と別れて忘れるまでに交際期間の半分を要するらしいが、こんなにも事あるごとに考えていてはきっと思い出になるのも忘れるのもきっともっと先になるのだろう。

約10000キロ。彼と共に過ごした日常での車の走行距離のことだ。
たった3ヶ月だったがほぼ毎日のように一緒に過ごしていた。
彼はカメラマンを生業としていた。彼の撮る写真は私の人生で見るどんな写真よりも格好よく綺麗だと思っていた。今でもそう思う。
私の仕事は週毎のシフト制なので彼との予定も合わせやすく、たくさんの現場に同行させてもらった。今までの人生ではきっと見る事がなかったであろう世界を見るのはとても楽しかったし、何よりも自分の好きなものを撮っている彼の楽しそうな顔や真剣な表情を見るのが私の生き甲斐になっていた。
車で行ける距離の現場には車で向かっていた為、この人は長距離ドライバーにもなれそうだななんて助手席で呑気に思っていた事もある。気が短い人だからきっと向いては居ないだろうけれど。
ほぼ毎日一緒に居れば当然だが嫌になる程喧嘩を繰り返し、その度に別れそうになって毎回泣いていた。それすら今となっては恋しいと思ってしまう。
綺麗事は吐きたく無いから正直に言ってしまうと私は自分の事を考える隙を与えず彼の事だけを考える毎日に、そうさせる彼に完全に依存していた。

彼はすごくプライドが高く、身勝手で自己中心的なくせに繊細な人だった。私に感情のない人形になれと言い放った事があるくらいに自分の事が好きだった。そしてとても感情的で一度だけ喧嘩中に手をあげられた事もあるが自分が女性に対し手を出してしまう人間だということに涙していた。泣きたいのはこっちだと思ったが不思議なもので愛おしい人が目の前で泣いていると笑顔にさせてあげたくなるのが私で、喧嘩をし上手く自分の考えを相手に理解してもらえないのがもどかしく涙を流している私に対し勝手に泣いたんでしょと言うのが彼だった。
付き合うきっかけになったお互いが好きなアーティストの曲をずっと好きなままの私ともう飽きたから聞きたくないと言う彼。
考え方があまりにも違いすぎる彼と私が上手くやっていけるわけなどない事はお互いに分かっていたがお互いに依存し合っていた。
それでも10000キロの間で気持ちにすれ違いが生まれてしまったのは悲しいくらいに事実だった。

別れてから約2ヶ月が経った。
なるようになったといえばそれまでだが、あまりにも彼に心を、時間を使いすぎたせいで私は今でもまだ彼との記憶が薄れる事がない。薄れるどころか色濃く鮮やかになるばかりだ。一緒に見た景色や一緒に食べたもの、一緒に聴いた歌。何もかもが悲しさを誘発する。
忘れようとする自分と、忘れずずっと好きなままでもいいのではないという自分が何度も何度も繰り返し現れる。
なんだか少女漫画の主人公みたいだななんて思い時々苦笑する。
そんな日々がしばらくは続くのだろう。

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