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小説「イチブとゼンブ」

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私の連載小説、「イチブとゼンブ」をまとめています。 剣道部の高校生の友情や成長を描いた青春小説です。
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記事一覧

小説「イチブとゼンブ」⑨【最終話】

小説「イチブとゼンブ」⑨【最終話】

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ー千橋達几ー

「…なんだ」

近づいてくる大崎に対して、俺は少しイラつきながら言った。試合で動いた直後だからだろうか、まだ息が上がっていた。

「千橋、動きがブレてるぞ。焦ってるんじゃないか?」

「だったらどうした」

「落ち着けよ」

「落ち着け?このクソ大事なときにか?」

「大事だから落ち着くんだ。一回冷静になるんだよ」

俺は視線を落とした。自分の胸が大きく上下してい

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小説「イチブとゼンブ」⑧

小説「イチブとゼンブ」⑧

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ー中野智己ー

後日、部費はみんなに返還された。

俺の相談に乗ってくれた小田の判断で、部費は剣道場の更衣室のロッカーの隙間に落ちていたことになった。

大崎には、悪いことをしたと思っている。

「な。お前、1からまた頑張れよ」

電話をした次の日、顔を合わせた小田は俺の肩を叩きながらそう言った。

「あぁ…。俺、俺さ。こうすれば鬱蒼とした気持ちが晴れると思ってたんだ」

俺はそ

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小説「イチブとゼンブ」⑦

小説「イチブとゼンブ」⑦

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ー中野智己ー

時刻は夜の19:30を回ったところだろうか。辺りはすでに暗くなっていた。

俺は、帰路につきながら「やってやったぞ」と小さく呟いていた。

自分の心臓が小さく鼓動を打ち、トクトクと胸を叩いているのを感じる。

頭の中では今日の会議の様子が何度も思い出され、汗に塗れて顔を歪ませているアイツの顔が何度も目に浮かんだ。

家に帰り、自分の部屋の鍵がついている引き出しを開

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小説「イチブとゼンブ」⑥

小説「イチブとゼンブ」⑥

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ー大崎弘也ー

「みんな、ちょっと集まってくれ」

むわっとした暑さが広がる剣道場での練習後、元木部長が集合をかけた。

首を傾げながら、各部員が集まってくる。みんな不思議そうな表情をしている。

「まず、みんなに謝らなければならないことがある。部費が無くなった」

途端にどよめきが広がる。

「部費が無くなったって……。最後に見たのはいつなんですか?」

千橋が質問をした。

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小説「イチブとゼンブ」⑤

小説「イチブとゼンブ」⑤

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ー大崎弘也ー

6月。頬を一滴の汗が流れていくのを感じながら、俺は剣道場へ向かっていた。

土曜日の学校は部活をする生徒たちの声がするだけで、他に人気はなかった。

「おーい、弘也ー!」

「お!直哉!」

グラウンドのそばを通るとき、同じクラスの友人が声をかけてきた。

「陸上部の練習かー?」

「そうだよ!弘也は剣道の練習か?」

「もち!」

「お前、元気過ぎて声枯らしたり

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小説「イチブとゼンブ」④

小説「イチブとゼンブ」④

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ー千橋達几ー

切り詰めすぎるなという父親の助言は正しかったのかもしれない。

俺は、来海高校の剣道部に入ってから狂ったように練習をしていた。

元々剣道が好きだったわけじゃない。

塞ぎがちの俺の性格を心配した父親が、家の近くにあった叔父さんの剣道場に通わせ始めたのがきっかけだった。

でも、死に物狂いで勉強して入った来海高校で何かを頑張りたいと思うのは自然な流れだった。

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小説「イチブとゼンブ」③

小説「イチブとゼンブ」③

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ー 千橋達几 ー

来海高校に入学してから、1週間が経った。

俺は、夏に行われる全国高校剣道大会まで練習の手を緩める気はなかった。

「ただいま」

「おかえり」

部活を終えて家に帰ると、母親がご飯を用意して待っていた。

「達几、高校はどう?疲れてない?」

「うん」

「あなた、根を詰めすぎるところがあるから気をつけなさいね」

「あぁ」

「せっかく来海高校に入れたんだ

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小説「イチブとゼンブ」②

小説「イチブとゼンブ」②

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ー 大崎弘也 ー

次の日、俺は授業が終わるとすぐに剣道場へと向かった。

思った通り剣道場には人はおらず、礼をして真っ直ぐ更衣室へと向かう。

と、入り口の近くの壁に綺麗に手入れされた竹刀が立てかけてあることに気づいた。

何となく気になって、触ってみる。

なんのことはない普通の竹刀だが、余程大切にされているのか、隅々まで手入れが行き届いていた。

何となく触っているのが申し

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小説「イチブとゼンブ」①

小説「イチブとゼンブ」①

ー 大崎弘也 ー

来海高校から帰ってきた俺は、宿題も無いので、お気に入りの竹刀の手入れを始めた。

俺は、今日から来海高校に通い始めた。

これまたお気に入りの黄色い部屋着を着て、竹刀の手入れを余念なく行う。

クルミ高校という名称はカッコいいので気に入っていたし、自分の好きな剣道ができる。それに、偏差値も申し分ない。

期待と不安の入り混じった入学式ではあったが、俺は学校そのものには満足してい

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