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夢だけで逢えたら (恋愛SF三選②)

滋味豊かな人生ってなんだろう。

末筆ながら益々の何かを祈れればきっといいと思う冒頭。

スウェーデンにタンス貯金がないのは将来への不安が少ないからだと教わった。

でもそれはもう過去の話だ。

もはや世界中のどこにもタンス貯金なんてない。

貯蓄から投資へ。その波は大きく、投機資金はついに“夢”に向かった。人々が眠った時に見る“夢”だ。ある意味ではそれは夢のない話かもしれない。

ユメオラジーの進歩は夢コントロールを可能にした。

謎多き“夢”に夢学会はついに結論を下した。

『夢は記憶の暗号化だ』と。

これを受け、今や全人類の個人情報を握るビッグテックも“夢”ビジネスに乗り出した。まだ唯一手付かずの“夢”という個人情報の価値ははかりしれない。

さらに、あらゆる暗号アルゴリズムが量子コンピュータによって破られた今となっては夢を使った暗号には大きな期待がかかる。

試験的にではあるが、夢認証システムも運用が始まった。

かつてフロイトはある仮説を立てた。

『夢は満足したいという願望の現れである』。

だが、

夢の内容を意識的にコントロールできる明晰夢はその論理の土台を崩した。

ただし、金融市場において明晰夢の価値はフェイクに等しいのだが。

人々は四六時中 夢に誘われる。とても健全だし、建設的だ。

『夢を見よ、さもなくば滅びよ』。そんなスローガンも至る所に。

コンタクトレンズと脳インプラントのどっちがはめるのが楽かといえば後者だ。

不眠大国の国民たちの睡眠時間が何十年ぶりかに増加に転じた。

素敵なデータだ。

リアルの世界で恋をする時代はとうに去り、

メタバースも信用崩壊を起こし、

あとは夢の中だけになった。

夢バブルに踊ってみんな恋しまくってる。

世界で最初のバブルで調べたら、オランダのチューリップバブルだとか。素敵なバブルだ。

僕はほとんど常時脳インプラントを取り付けてオンにしている。

今夜のマーケット情報を確認する。

東京“夢”取引所は眠らない。

みんな夢を上場しまくっている。“独創性と自由”の自己比率が基準を満たしてさえいればいい。

もちろんアルゴリズム取引も隆盛でこの前はフラッシュクラッシュが起こって、誰も夢を見れなくなった。

ちなみにアインシュタインが相対性理論のヒントを掴んだ時に見た夢はもはや人気がなく、上場来安値を更新中だ。

きのう僕が『買い』を入れていた“ある夢”の売買が成立していた。これで値上がりを期待して寝れる。いい夢見れる。

そうそう、知り合いにこんなひとがいた。その人は“高配当の夢“をやっとの思いで手に入れたんだけど、夢を見ないと配当が出ないので、以来、ずっと寝続けてるっていう……話さ。

僕はめったに長期保有の現物は手に入れないんだけど、たまたま手に入れた。それがついこの前のことだ。センシティブ含有。そしたら君が現れた。夢に。

君というのは僕の妻となる人のことだ。

妻とは夢の中で結婚した。

結婚に必要なものすべてが夢でできてた。

誓いのキスは夢でした。特別なくちびる。

躊躇したりとかはなかった。戻りたいあの頃がそもそもなかった。

夫婦生活は順調だった。

夢の中は君だらけで

君に逢うと夢だらけ

二人きりのワンダーランド

妻とずっと夢に閉じこもりたい。

ん?閉じこもる?

夢って内側?それとも外側?

『全体』には必ず『部分』があると言うけど

トポロジー的に夢のポジションがよくわからん。

いうなれば  神様がくれた  聖域なき聖域。

そんなことよりパーティータイム

今夜はブギー・バック

「ねえ、君に昔どっかで会ったことあるよね?」

「わたしは未来のあなたにも会ったことあるわ」

夢らしい会話だ。

曜日感覚がないという曜日の今日。

つまりは16小節の旅のはじまりみたいなはじまり。

二人で手を繋いで今夜の食材の買い物へ。

とろけるようなファンキーミュージック

いつまでも新婚気分。

夢みたいだ。

買ってきたものを広げて料理開始。何から手をつけたらいいかわからない程度にわかる。

アイランド型のキッチンで大陸料理。

“扱いに困った具材は揚げちまうに限るぜ、ガハハ”と以前テレビの料理番組でアメリカ人シェフが言ってた。

でも、夢の中で揚げ物すると捕まる。脳インプラントに引火するから。

料理は男がどうかとか女がどうとか、

夢には別にない

全部いっしょにできて、全部いっしょに楽しめる。

宇宙から見た地球に国境線がないように

余計なものが何もない。夢には。

「よくないこれ?」

「これよくない?」

僕らは夫婦だけの時間を楽しむ。

だけど悲しいことに、世の中では“夢依存症”が蔓延しているんだとか。

治して欲しくない患者の方が圧倒的多くて、社会保障費は膨らむばかりなんだそうだ。

夢専門医の方たちも病んでしまって、暫定的にAIによる治療を受けているらしい……。

だから今こうやって妻が僕の体のために栄養のバランスを考えてくれるのとかありがたい。

夢幻大の愛だ。

3分クッキングみたいな、よく寝かして漬けておいた
ハート。

それを使いまして、何度でもはじめから恋をしようハニー。

生クリームつきのキスを君としようとしたら

ニュース速報が入ってきた。

夢の中にニュース速報が入るくらい夢のない話ってある?

何かと思えば、夢のバラマキ政策が売りのポピュリズム政党が選挙で議席数を大幅に伸ばして第一党にななったらしい。

これでさらに多くの夢が国民にばら撒かれる。

歴史上、ポピュリズム政党が実権を握った後に何が待っていたか、熱狂する人々は夢の中では忘れがちだった。

その頃の夢のベストテン第一位はこんな夢だった↓

もちろん  君の  夢さ

気を取り直して続きを楽しもう。

僕らは華胥の国に遊び

夢にないものまでねだる

はじめから何もしなくても料理はできてる。

決して冷めない料理さベイビー。僕のベイビー夢だからさ。

君に出会う前の

あるときクールな僕は大勢ひとがいるところで言ったんだ

“誰か未来に希望を持ってる人がいたら手をあげてほしい”ってね。

そしたら誰もいなかった……夢なのに。

獏たちもそれに怒ってハンスト。

酔生夢死とかはちょっと。

でも、

そうさ  今

君こそがオンリーワン

もっと輝く場所に君を連れて行くよ

さあ、食事をしよう!

グラスと食器を並べて“テーブルクロス引き”の逆の“テーブルクロス入れ”を披露する。

夢でもたまに失敗する大技だ。

君に捧げるよファンタジー

ワイルドな君  僕の手にかみついて

オール ナイト ロング

大成功!バッチリ決まった。

妻はスースしてデミプリエ。明るい食卓へ。

向かい合って座る。イマジナリーラインも何度も超える。

感謝の祈り。

あなたはわたしに生命の道を教え

み前にあって喜びに満ちたらせ

み手によってとこしえに良きことに飽かしめる

♻︎

見つめあってうっとりしながらご飯を食べよう

きっとこぼすけど

夢で食べたものは脳が栄養素に変えて、そっとつつむようなハーモニーで臓器に送ってくれる。

ナノセカンドもののワイン。

エンドレス フルコース。

ところがここでフロイトの仮説が僕の定説を立てた。

【悲報】

妻は料理にいっさい手をつけなかった。

食欲がないのだと言った。

夢の中では実際に食べ物を見ないと自分の食欲の有無に気づけない。

だから僕はまだそれほど心配してなかった。

「夢の中で眠くならないなといっしょだから食べなよ、ね」

「いいえ、そうじゃないの」

妻は首を振った。

僕はこの場面に既視感があった。おそらくは夢のせいだ。

心変わりの相手は僕に決めなよ

宇宙は常に音楽を奏でているというのに、ナイフとフォークの手を止めるだなんて……

今夜は大事な話をしに夢に来たと妻は言った後で『今夜』と言い直した。

彼女は涙目になっている。涙がしっかりとたまっていくのが見てとれて、然り。今宵のリアリティ。

僕は何を言っていいかわからなくて何も言わなかった。

「お願いだから今夜は最後まで話を聞いて。途中で夢をオフにしないで……」

いったいそんなマジな顔になってどうしたっていうんだハニー。

彼女はそのあとずっと長くて夢のない話を僕にした。

でもその話を僕の夢が受け付けなかったので頭に入ってこなかった。

彼女はそれを見て取ると一度頭を抱えてから顔上げてはみ出した涙を拭うと、パチンと合図をした。

すると、部屋のあちこちから白衣を着た連中が現れて僕を取り押さえた。

不法夢侵入。

誰かの夢に出る場合には事前にその権利を買ってからでなくてはならない。

「法的な手続きを踏んで彼らには夢の中に来てもらっているの」と彼女は言った。

「一日も早くあなたには立ち直ってほしいの」

彼女が僕の手を握った。途端に暗転して場面が変わった。

すごく眩しい。ダンスフロアじゃない華やかな光。

もしかして病室?  僕は寝かしつけられている。

傍には妻が。手に僕専用の脳インプラントを持っている。

よく見ると患者の夢を診察するタイプのものだ。でも間違いなく僕のだ。

よくなくなくなくなくなくない

さっきの白衣のやつらも上から覗き込んでくるから

ゲップでセイ ハローしたけど誰も笑わん。

妻は顔を覆って泣いた。

白衣の中のひとりが言った。

「ドクターはもうだめだ。患者の夢に飲まれてしまった。もう何人目だ?いったい……」

♻︎

僕の保有する“夢”はいつもここで終わる。



かつてあったものは 遅かれ早かれ再び現れる運命にある
ポアンカレの回帰定理


                        終

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