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ヤジーディを虐殺したISを国際裁判にかけるのはなぜ難しいのか

ナディア・ムラードさんのノーベル平和賞受賞が決まってから4か月がたつ。昨年12月に行われた受賞式のスピーチで、ナディアさんは、「虐殺につながる罪を犯した犯罪者は誰も裁かれていない」と現状を憂慮した。

たしかに、状況は遅々として進まない。2017年9月、国連安保理は、グテーレス国連事務総長に対し、ISの「戦争犯罪」の証拠を収集するチームを編成するよう求める決議を採択した。翌2018年4月には、ソアレス国連事務次長がイラク・バグダッドを訪れ、イラクで証拠集めをする専門家チームの派遣についてイラク側と協議した。ロイター通信によると、翌年の2018年8月に、英国人弁護士のカリーム・ハーン氏をトップとした調査チームが活動を開始したというが、訴追に向けた具体的な動きがあるのか、ないのか、何もみえてこない。

「ISに、ヤジーディに対する迫害の責任を取らせなければならない」という、中東の少数派ヤジーディたちの願いは、いったいどうなってしまうのだろうか。

訴追に向けた障害はいくつもある。ジェノサイドや人道に対する罪などを裁く国際刑事裁判所(ICC)において、検察官が捜査を進めることが可能になるのは、以下の3つのシナリオだ。

①国連安全保障理事会による事案の付託

国連安保理が、ISの犯罪を裁くべきだと一致して動き、事案をICCに付託すれば、訴追に大きく前進する。しかし、米英仏中ロの5常任理事国には拒否権が与えられていて、一つでも反対すれば進まない。米、中、ロシアは、ICCに不参加。海外に派兵している自国兵士が、国外の法廷で裁かれる事態をおそれているため、とも言われる。

②ICC参加国による付託

ICCの活動を定義する「ローマ規程」に署名・批准している国(日本も含まれる)は、事案をICCに付託することが可能だ。しかし、ISがヤジーディを迫害した「現場」であるイラク、シリアはいずれもICCに不参加。仮に参加国が事案を付託したとしても、イラク、シリアの協力を得られなければ捜査は進展しない。

③検察官自身の発意による捜査開始

ICCの検察官には、自らの意思で捜査を監視する権限が与えられている。しかし、これも過去の例を見る限り、当事国の協力を得ることが難しい。

こうした事情から、国連は、イラクに証拠集めのための弁護士らからなるチームを派遣してはいるものの、訴追につながるような進展は伝えられていない。事態はこう着しているといっていいだろう。

一方、イラクやシリア自身がまず、ISの犯罪を裁くべきだろう、という考えもある。実際、イラクではこれまで、「反テロ法」などイラクの国内法に基づいてISに属していた戦闘員などを裁き、死刑判決などが下ったケースも多くある。ただ、米紙ワシントン・ポストによれば、イラクでのIS戦闘員などに対する裁判は、数分で判決が下されるケースも多いという。時間をかけた裁判で、組織的な「ジェノサイド」などISの犯罪の実態を解明し、ひいては今後の迫害を防止するための手だてにもなるような裁判こそが、ヤジーディなどの被害者が求める真の「裁き」だといえるだろう。

ナディアさんは2月5日、米連邦議会で行われたトランプ大統領の一般教書演説に出席した。一般教書演説には、上下院議員に招待されれば参加することができる。

米国は、オバマ政権時代の2016年3月に、ヤジーディなどイラクやシリアの少数派に対するISの行為を「ジェノサイド」にあたると認定したと発表したことがある。これは、米国が国際法廷でのIS訴追を支持したものと受け止められたが、その後、訴追に向けた米国の努力はみえない。

なISの迫害を逃れ、故郷を遠く離れた異国で、生存のため格闘する中東の宗教的少数派ヤジーディを描いたドキュメンタリー映画「ナディアの誓い」が公開中。住む場所を追われて、ヤジーディという宗教集団の存亡の危機に瀕しているヤジーディの実態をぜひ知ってほしい。

すでに述べてきたように、ISによる「民族浄化」ともいえる、ヤジーディなど少数派に対する組織的、計画的な迫害は、国際法廷の場で裁かなければならない。政治的なショーやポーズでは、ヤジーディの遺族たちは満足できないだろう。ISに責任を取らせなければ、正当な理由なくレイプされ、殺されたヤジーディは何も浮かばれないのだ。

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