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空想小説

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創作小説(フィクション)です。これは楽しめるか、楽しめないかは、皆さん次第。
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記事一覧

鎮丸~天狗舞ふ~ ⑮

鎮丸~天狗舞ふ~ ⑮

鎮丸は30余り、大小の天狗に囲まれていた。

摩利支天の法を使おうとも、全てを倒すことなどできない。まずは目の前の駒をなんとかせねば…。

その瞬間、鎮丸の頭の中に葉猫の声が聞こえた。「天空坊よ。」

鎮丸は、はっとし、次の瞬間、深く頷いた。
そして駒に刀印を向け、静かに言った。
「天空坊よ。我を取り戻せ。」

一瞬だが、鎮丸の姿は陰陽師の装束に身を包んでいた。もはや初老の男ではなかった。

駒は

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鎮丸~天狗舞ふ~ ⑭

鎮丸~天狗舞ふ~ ⑭

晴屋は師と天狗の格闘の気配を背中に感じながら、本堂の中を覗いていた。

扉に体重をかけた途端、扉は開き、中に転がり込んだ。

目の前に本尊はなく、代わりに赤い目をした巨大な天狗がこちらを見ている。
周りを沢山の大天狗、烏天狗が取り巻いている。

前に一度見た光景だ。

一際巨大で威厳のある天狗、僧正が口を開いた。「小僧、またしてもお前か。何用だ。」
深く、重みがあり、僅かに歪んだ声で言う。

「師

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鎮丸~天狗舞ふ~ ⑬

鎮丸~天狗舞ふ~ ⑬

「はい!」晴屋は言うや否や本殿目がけて走った。背中には破魔矢を背負っている。

この相手には音叉では太刀打ちできないことは、晴屋がこの前証明している。呪もかからない。

しかも体は翔子のものだ。傷付ける訳にはいかない。

鎮丸は駒の連続攻撃を避けながら、思案していた。
その時、頭の中にいつもの女性の声が響く。

「またまた、ピンチのようね?よく、聞きなさい!あんた、敵と同じことできるでしょ?」

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鎮丸~天狗舞ふ~ ⑫

鎮丸~天狗舞ふ~ ⑫

鎮丸、晴屋、翔子、翔子の父親の4人は夜の高尾山に来ていた。

夏の間、高尾山ではビヤガーデンが開かれる。人でごった返していた。

皆で一度、テーブルに座る。作戦会議だ。

鎮丸が「ここはこんなに人がいますが、薬王院は閉門しているでしょう。私と晴屋で忍び込みます。御主人と翔子さんはここで待っていて下さい。ビヤガーデンが閉まる前には戻ります。もし戻らない場合、我々のことは放ってお帰り下さい。」と言った

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鎮丸~天狗舞ふ~ ⑪

鎮丸~天狗舞ふ~ ⑪

鎮丸は話を聞きながら考えていた。
(別人になる?憑依か?依り坐しか?)

しかし、それが天狗だとしたら、ただの憑き物ではない。事は厄介だ。なにしろ瘴気を感じる天狗なのだ。

鎮丸は高尾山で邂逅した、駒と僧正を心に浮かべた。

翔子は身も心も支配されてしまうだろう。

鎮丸は思案した。
何が憑いているのか確かめないと手の打ちようがない。しかし…翔子の身を危険に晒す訳にもいかない。

しばらく逡巡した

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鎮丸~天狗舞ふ~ ⑧

鎮丸~天狗舞ふ~ ⑧

翌日、鎮丸は東北新幹線の車内にいた。

今回は一人旅だ。ヒーリングの出張ではない。生まれ故郷へと戻り、かつて参拝していた神社に詣でるためだ。

仙台から小一時間、在来線でとある港町に来た。マグロの良いものが上がる町である。寿司も安くて美味い。

鎮丸がこの地を訪れるのは、20数年振りだ。

故郷にもはや昔日の面影はない。
しかし、目指す神社は東北一の宮、社格、規模ともに指折りの神社だ。昔のままの姿

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鎮丸~天狗舞ふ~ ⑨

鎮丸~天狗舞ふ~ ⑨

烏天狗が大天狗に報告する。
「この者が気を失った時に、我らが神聖なる場所に入らぬよう諭したのですが…。」

大天狗は何事かを考える様子でそれを聞いていた。

その時、座の中央の一際大きな存在が口を開いた。腹に響く大音声である。しかし、どこか声の響きに歪みがある。

「ふふふ…駒よ、捨て置け。お前の末であろう。わしが呼んだのだ。」

駒と呼ばれた大天狗は、怪訝な表情で見上げた。

駒は考えていた。こ

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鎮丸~天狗舞ふ~ ⑦

鎮丸~天狗舞ふ~ ⑦

鎮丸は中央の大きな天狗を見つめていた。
瞳のない目は真っ赤だ。しかし瘴気は感じない。こいつが黒幕ではないのか?

「お前をここに呼んだのはわしだ。」深く、重い声で言う。

「何の用だ?先日の非礼の仕返しか?」
鎮丸が質問すると、「そうではない。」と答えた。

大きな天狗は逆に質問してきた。
「お前、なぜ人界におる。」

鎮丸は首を捻りながら「わしは人間だ。人間が人界にいてはいかんのか?」と答えた。

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鎮丸~天狗舞ふ~ ⑥

鎮丸~天狗舞ふ~ ⑥

鎮丸、晴屋の二人は下北沢にいた。
晴屋が出張ヒーリングに同行するのは、初めてのことだ。

鎮丸は出張治療のクライアントにそろそろ晴屋の顔を覚えて欲しかった。行く行くは自分の後継者にしたかったからだ。

だが、晴屋の頭の中は実家の寺の復興でいっぱいのようだ。

晴屋は覚えがいい。まるで甕の水を隣の甕に移すかのごとく技術を覚えていった。鎮丸はそれが頼もしくもあり、嬉しくもあった。しかしそんなことはおく

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鎮丸~天狗舞ふ~ ⑤

鎮丸~天狗舞ふ~ ⑤

二人は摂社のあった場所に座り込んでいる。

「見たか?晴屋君!天狗だぞ!天狗!本物の!」鎮丸は子供のように興奮していた。

晴屋は、「えぇ。私も自分の目が信じられませんでした…。せ、先生も見たの初めてなんですか。」と聞き返す。

鎮丸は、「あぁ、『天狗になってる人』は散々見てきたがな!」と皮肉を言った。

数刻後。新宿のサロン。

葉猫が二人の体に糾励根を湿布しながら言う。
「全く、二人とも無茶し

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鎮丸~天狗舞ふ~ ④

鎮丸~天狗舞ふ~ ④

「晴屋!」鎮丸は本堂に駆けよろうとするが、またも突風が吹く。

飛ばされた鎮丸は、晴屋の体の上に重なるようにして倒れ込んでしまった。

雷鳴の中、兜巾、赤く長い鼻、白い翼、団扇、誰でも見たことのある姿が一瞬だけ浮かび上がる。

「まさか…。」

晴屋は既に気絶している。鎮丸は驚きを隠せなかった。実物の天狗を見たのは初めてだ。

「何を驚いている。」その存在は人語を話した。「我らの結界に入り込んで来

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鎮丸~天狗舞ふ~ ③

鎮丸~天狗舞ふ~ ③

鎮丸と晴屋は登山口にいた。
平日の朝である。人影もまばらだ。

山門をくぐり、これから舗装されていない道をしばらく歩くことになる。

いくつかルートがあるが、二人は一番平坦な道を選んだ。

しかし、「あぁ…晴屋君、もうちょっと待ってくれ。」途中で鎮丸が音を上げる。

「分かりました。先生のペースに合わせます。」晴屋は思いやりに溢れた青年だ。

しばらく粗い呼吸をした後、鎮丸は「ありがとう。…でも、

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鎮丸~天狗舞ふ~ ②

鎮丸~天狗舞ふ~ ②

翔子は気絶したまま、うわごとを言っている。「駄目だ!そこに入るな!そこは我らが神聖なる場所!」男性の声色である。

母親の舞子は少しぎょっとした表情になり、娘を見つめる。葉猫はそれを見逃さなかった。

鎮丸は背中の肩甲骨の下がムズムズした。久しぶりの感覚だ。まれにこの感覚がある。一度師匠に相談したことがあるが、原因は教えてはもらえなかった。

鎮丸は翔子の頭の上をそっと二本指で押さえ、気を注入した

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鎮丸~天狗舞ふ~ ①

鎮丸~天狗舞ふ~ ①

サロンで3人がそれぞれの仕事をしている。
葉猫のみ別室にいる。

クライアントの施術は鎮丸と晴屋担当だ。
鎮丸がチャクラの調整をしている。
「晴屋君、1番チャクラ、ブロック。」

「はい。」晴屋がカルテに何事か書き込む。

クライアントは鎮丸と同年代の男性だ。
「いやぁ、晴屋君も一人前の治療師になったね。」仰向けになったまま言う。

「はい、ありがとうございます。」晴屋は軽く坊主頭を下げる。

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