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おはなし

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【創作】紡ぎ手たちの物語

【創作】紡ぎ手たちの物語

ずいぶん永い年月が経ったというのに不思議と、
初めてこの空に墜ちてきた日のことを、
よく憶えている。

なにも知らず、なにも知らされず、
遺構から遺構へ、雲を縫いながら
彷徨った時の気持ちも。

世界は大きく、孤独は鋭利に美しく、
どうしようもなく立ち尽くしたことも。

君と友達になった日から、
ひとつずつ知ってゆく幸福も。

一緒に過ごすなんでもない毎日の穏やかさも。

全部鮮やかに、よく憶えて

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喫茶aveで、会いましょう

喫茶aveで、会いましょう

「ひさしぶり」

 そう言って顔に落ちる髪の毛を耳にかけながら、僕の目の前の椅子を引いて、彼女は腰かけた。
 10年前嫌というほど目に焼き付いた、彼女の葬式に飾られていた遺影と、全く同じ笑顔で。

 どうしようもなく怪しくて、胡散臭い話だった。
 でも、『死んだ人に会える喫茶店がある』という噂話をたまたま耳にしたとき、こころに湧いたのは猜疑心よりも追慕だった。だからその喫茶店の名前と住所を探してみ

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死ぬまで消えない

死ぬまで消えない

月夜のベランダには、酔いを醒ますに十分な冷たい風が満ちている。左手に冷えた缶ビール。右手に古いiPhone。

こんな、くたびれ気味のサラリーマンにとって最高なロケーションの花金の夜、俺の気分は最低であった。

ぼうっと動画を眺めていたはずのiPhoneには、先ほど唐突に現れたエアドロップーー画像共有をワイヤレスで行うシステムの確認画面。

そこに『受け入れる』『辞退』という2つの選択肢と、「高い

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夜明けの波間に

夜明けの波間に

 夢だと自覚する夢は何度かみたことがあった。夢でなければいいのにと思う夢は、初めてだった。

 名前も知らない色の空だ。
 紺と紫の夜の裾と、オレンジと赤の朝の気配が、遠い山の稜線の程近くで滲んでいる。すぐ近くで星や月がずいぶんと穏やかに光っていて、その輝きはまるで水の底に落ちた硝子のようだった。
 ぼんやりとしながら自分のすぐ脇を見ると、白い塗装がざらざらと剥げた木の縁がある。そこへそろりと手を

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冒険譚のラストシーンにて -4-

冒険譚のラストシーンにて -4-

▲▲▲

炎の消えた闇のなか、新月のような色をした鱗が煌めく。
竜が口を閉じて父と敵将に向き直っても、竜の恐ろしい咆哮はいつまでも街に木霊していた。敵将が悲鳴を上げながら自軍の方へと駆けていく。

じっと父を見つめる竜。それを呆然と見ている父。

竜はその長い首を僅かに下した。
他の者には、威嚇のように見えたかもしれない。だが私と父には解った。
見覚えのあるそれは、あの竜の「別れの挨拶」だった。

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冒険譚のラストシーンにて -3-

冒険譚のラストシーンにて -3-

___長い長いうたた寝の後。諦め悪くいつまでも瞼を閉じていたが、すっかり優しい白昼夢は過ぎて行ってしまった。仕方なく瞼を開ける。夢と同じ景色が目に飛び込んできて、一瞬現実と夢の境目で迷子になる。首を軋ませながら地面を見下ろすと、そこに男とファリアだけがいなかった。

薄情なことに、わたしの白昼夢にはすっかり竜の仲間たちは出てこなくなった。代わりに男やファリア、時には顔も知らぬファリアの母も一緒に、

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冒険譚のラストシーンにて -2-

冒険譚のラストシーンにて -2-

△△△

名を呼んでやってくれるか。
そう言って男が、この世で一番重要な宝物でも隠しているんじゃないかと思えるほど大切そうに抱えている、布の塊を揺らす。男のささくれだった無骨な指があまりに優しく動くから、わたしは息を止めてそれを見ている。柔らかい布をすこしずらすと、そこからちいさなちいさな、頬と手がのぞく。その薄い皮膚に生えている産毛が、まだ低い位置からさしている陽の光を浴びて金色に輝く。

” 

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冒険譚のラストシーンにて

冒険譚のラストシーンにて

あらすじ

竜は、植物であった。陽の光で躰を洗い、雨で喉を潤し、風で腹を満たし、食物連鎖のどこにも括られず、欲がなく、たいした思考もせず呼吸し、牙と巨躯と翼とをもつ、ただの巨木も同然だった。
___人間たちに棲み処を荒らされて最後のいっぴきとなった竜。永すぎる命に苦悩する竜は、ある男との出会いで「植物ではない何者か」に、なろうとしている。

冒険譚のラストシーンにて

_____ 確かめるような、

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僕だけが君を忘れない

僕だけが君を忘れない

それはある日突然だった。

目の前のよく見知った人物の肌に、きらめく "鱗" が現れる。そんな現象が、世界全土で突然始まったのだ。

鱗が生えた本人も見ていた他人もみんな、狼狽えた。性別、人種、年齢、病歴、それらなんの規則性もなく、たくさんの人々の"変化"がはじまった。割と早い段階でその現象はウイルスや感染といったものとは無関係であることが証明され、「いつ自分も発症するか分からない恐怖」という点に

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冬の心中

冬の心中

街に心優しい王子の銅像が立っていました。王子はつばめにたのんで彼の金箔や宝石を貧しい者たちへ配りました。そうして。銅像の王子は薄汚れた灰色の像になり、両目を失います。つばめは、「わたしはどこへも行かず、ここであなたの目になります」と言いました。
_____冬が訪れ雪が降り出し、寒さに弱いつばめは、王子に別れを告げると足元に 落ちて力つきました。その悲しみから王子の心臓もはじけてしまいました。王子の

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on the seabed

on the seabed

おまえはどうして、そんなに透明なんだろうなあ

肌が透き通るようだとか透明感があるだとか、そんな褒め言葉なんかじゃないとすぐに分かった。
至極真面目にそう呟いた男の顔は、別段興味もないくせに可笑しいものでも見るみたいな、なんだか、無性に苛立たしくて腹が立って悔しくて涙が出てしまいそうになるような、そんな顔だった。

なんの返事もせずに、なるだけ緩慢な動きで顔を逸らした。迫るほどに重たい鉛色の雲が空

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晩夏と蜩

晩夏と蜩

蝉が、遠くで止むことなく鳴いている。
生成色の壁に反響しながら、何処か責める様な静けさで部屋の中に沈殿していく。心なしか足下は、ひやりとした予感に満たされているような気がした。その予感は日々、緩慢なスピードで密度を増していく。

僕は気づかないふりが上手くなった。都合の良いことだけ、苦しくないものだけを見る様にすることにも慣れた。こうして立ち尽くして壁に向かいながら、今だって悲しみの気配に気づかな

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世界の真逆で、君をおもう

世界の真逆で、君をおもう

震える指で星の間を縫ったステッチは、見えないオリオン座を結んだ。その指と吐き出される息は白い。蓄光したみたいにぼんやり光りながら、夜に存在していた。

君も私も見えない。まるで始めから居なかったみたいに。辛うじて形を持つのは、何かを探ろうと躍起になる、君の震える指だけだ。

「このまま夏の星座まで辿るよ。だから」

少年は怯えているようだった。かちかちと歯が鳴る音が、耳鳴りと一緒に風に乗る。寒さか

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