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能傍タルツの実話怪談コレクション 「現代筑前奇談考」 その三十 -5月-『豊津にまつわる怪事件等 その二 (親父の備忘録より)』
(個人名などはイニシャル。
明白な誤字脱字以外は
基本的に原文ママ
※注釈のみ筆者とす)
怪No.2
◎兄の部屋で高校時代
勉強中(一人で)
夜12時頃から
背中に水を打つように
鳥肌がたつ
後の本棚にした
(まわりに飾り彫り○※一字判読不能)
何故か霊気が感ぜられる
母に告げると
ある時より霊気がしなくなった
母が祈祷師に頼み
祈祷した
◎小
能傍タルツの実話怪談コレクション 「現代筑前奇談考」 その二十九 -4月-『豊津にまつわる怪事件他 その一(親父の備忘録より)』
筆者の父は
五年前に八十七で世を去った。
その父は生前
生まれそだった福岡県豊津のことを
事細かに備忘録をつけていたのだが
その中から「怪」と銘打たれた項目を
そのまま抜き出してみたい。
「豊津にまつわる怪事件他(体験記)」
怪No.1
◎H兄が
焼けた離れの茶室で一夜
(筆者注
本家は親父の若い頃、火事を出している)
窓の外で足音がする。雨の音?
そ
能傍タルツの実話怪談コレクションその26 「現代筑前奇談考」-1月-『スエコおばさんの話』
これもまた
筆者の仲間内のバンドだが
Nu-CA(ヌーカ)という
パンクバンドでギターを弾く
シュウゴ氏から教えて頂いた話。
彼は小学校くらいまで
博多湾に浮かぶ
志賀島というところの
古い木造の長屋に住んでいたらしい。
その頃よく
誰もいないはずの
玄関の右階段から
とん とん とん
と、
姿の見えない
誰かが登り下りする音を
聞いたことがあった。
能傍タルツの実話怪談コレクション その二十五「現代筑前奇談考」-12月-『元、ヘルズキッチン ノリさんの話』
もう何年も会ってないが
筆者の知り合いのノリさんは
かつて福岡の上人橋通りで
「ヘルズキッチン」という
ハード・コアマニア専門の
レコード屋をやっていた。
だが、ある時から
家庭の事情等により店を閉め
お祖母さんの介護をしながら
それ以前は
亡くなった曾祖母も起居していた
鞍手町にある実家に戻ることとなる。
築五十年は経とうかという
昔のままの家は
なんでもノリさん曰く
日野日出志「蔵六の奇病
能傍タルツの実話怪談コレクション その23 「現代筑前奇談考」-11月-『岩石人間、その他』
(前回からの続き)
最近とみに耳にするようになったのが
いわゆる
ヒーラー、チャネラーと自称する方々である。
そういった能力はもとよりない筆者としては
「ああ、そうですか」と
申し上げることしか出来ないのだが。
筆者の知り合いで
Mさん、Yさんという
妙齢の女性の二人組がいる。
彼女らはもちろん
本業はそれぞれ別にあるのだが、
趣味として
あちこちの遺跡や神社仏閣を
能傍タルツの実話怪談コレクション。その二十二「現代筑前奇談考」-10月-『超常現象うどん屋K』
読者の皆さんは
佐賀県の山裾にある
一部の好事家の間で
「超常現象うどん屋」と称されていた
「手打ちうどんK」をご存じだろうか?
筆者は九州在住だが
ある女性たちから聞くまでは
そんな店の存在は
全く知らなかった。
あるいはおそらく
同郷の方々でも
筆者同様、
見たことも聞いたこともないかたが
ほとんどではないだろうか。
断っておくが
決して怪しい店舗などではない
能傍タルツの実話怪談コレクションその二十一「現代筑前奇談考」-9月-『逆立ち幽霊』
筆者の知り合いの
Pさんという既婚女性から
聞いた話。
現在、Pさんは
福岡市の隣、春日市というところに
家族三人で暮らしているが
実家は宗像市神湊という
海沿いの港町である。
こうのみなと と、読む。
窓の外はすぐ
砂浜と松原が広がる
一軒家だったのだが
その中の一室で寝ると
必ず深夜に身体が動かなくなる。
そのうちに
ラジオ放送の混線したような
声が聞こえ始め
やがてそれがまとまり始める
能傍タルツの実話怪談コレクションその二十「現代筑前奇談考」-八月-『血の海』(コーエイ氏(ANTiFAD Vo)より聞き書き)
筆者の仲間うちに
コーエイ氏という方がいらっしゃる。
彼はアンチフアッドという
九州で活躍中のパンクバンドの
ボーカリストだが
福岡の飯塚市にある
お寺さんの三代目住職さまでもある。
そのコーエイ氏が以前、
仮にAさんとするが
警察官の檀家さんに
聞いた話である。
飯塚という街は
若宮町と久山町に近い。
その2つの町をかつて
結んでいたのが所謂
犬鳴トンネルで
能傍タルツの実話怪談コレクションその十九「現代筑前奇談考」-七月-『旧筑肥線、陸軍墓地近辺』
筆者は福岡市の
城南区と中央区の境目あたりに
かれこれ三十年以上住まいしている。
そこから徒歩十分くらいに
東西に走る幹線道路
「筑肥新道」は
その名が示すように四十年前くらいまでは
国鉄の筑肥線であった。
博多駅から
朝日ビール園のある竹下。
そこから区役所のある鳥飼までの
路線であったが、
環状線などではなく
以外の何処にも繋がっていないこともあり
付近の住民以
能傍タルツの実話怪談コレクションその十八「現代筑前奇談考」-6月-『いなか、の、じけん』
現在では地名が変わっているが
筆者は福岡県の
京都郡豊津町という、
いにしえの国分だった
土地の生まれである。
「みやこ」郡と読ませる
ところからして
かつては北九州における
それなりの重要な位置を占める
場所であったのだろうか。
また、
北部九州はどこもだが
ここもまた、
むやみに古墳や土器が出土する
土地柄でもある。
そんな場所なら
いかにも怪談話が
ごまんとありそうな気もするが
筆者の
能傍タルツの実話怪談コレクション。その十七。「現代筑前奇談考」-5月-『中洲時代のはなし』
筆者は若いころ、
九州最大の歓楽街
中洲の大通りのど真ん中にある
中華料理屋で働いていた。
「中洲交番24時!密着取材」とか
テレビ番組に出てくる交番は
薬屋を挟んで二軒先にある。
その薬屋さんの
気の弱そうな店主を初め
周辺のスナック客や、雀荘の出前で
結構繁盛していたように思う。
時はバブルの真っ只中。
金と欲がフラミンゴの羽で
舞い踊っていた時代の話だ。
そのころの
筆者の業務の一つ
能傍タルツの実話怪談コレクションその十六「現代筑前奇談考」-4月-『目を合わせてはいけない』
数日前、なぜか
筆者が三十代のころ働いていた
会社の同僚から聞いた
ちょっとした話をふと思い出した。
話してくれたのはK代子という
持田香織に雰囲気が似た
なかなかの美人であった。
その彼女と休憩中に雑談をしていると
子供の時の話になり
何でもその当時、
母親や家族と一緒に
人混みなど歩いていると
その中に必ず何人か
「目を合わせてはいけない」人がいたらしい。
い
能傍タルツの実話怪談コレクションその十五「現代筑前奇談考」-3月-『十一代目当主のはなし』
筆者の本業の同僚のTさんの家系は
福岡では有名な大病院の一族である。
極めて由緒正しい血筋であり
現在の当主が十六代目となる。
そんなTさん一族だが
盆正月の親戚が集まる時など
折に触れて
十一代目の当主の話が出るらしい。
時期は1800年代後期とのこと。
幕末頃の話か。
その時の家督を継いだ
当主は医学の道に進み
博多で今の病院の礎ともなる
療養所を運営してい