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劇的でないながらも、じわりと滲み出る空気感。

映画で特別な盛り上がりを見せる場面がないと、ややもするとどこか退屈しきった展開になりがちだ。その点、小説だと得に大きな転換期がなかったとしてもなんとなく物語の中に誘われてしまう、そんな作品がある。

先日書いた記事の中で、音楽繋がりということで『羊と鋼の森』という調律師に関する作品について触れたのだが、それ以外にもどこか淡々としながらも主人公の人柄のようなものが滲み出ていて、どこかその人の人生を一緒に生きているような世界観がじわりと感じ取れる作品がいくつもあったということを思い出した。

『横道世之介』吉田修一

例えば、吉田修一さんの『横道世之介』という作品。なんてことはない、至ってどこにでもいそうな大学生の姿が描かれている。冒頭部分をしばらく読んでいると、彼自身は一見ものすごく周りに流されながら生きているように見える。ところが、読み進めていくと意外にも彼の中にはしっかりとした芯というものが渾然と存在していることに気づく。

ちなみにこの作品は高良健吾さんが主演で映画化されていて、いつだったかアマゾンプライムで見られるようになっていたので鑑賞した。意外と与謝野祥子役を演じた吉高由里子さんがはまり役。ウイスキーのイメージしかなかった(これはいっとき流行ったお笑い芸人のせいだ。。)けれど、改めて見てみるとうまく作品に馴染んでいるな、という感じ。うまく原作の空気感を出せていて、私は割と好きな映画の雰囲気だった。

なんだか無性に、サンバが踊りたくなってくる。

『ひと』小野寺史宜

以前にも記事単体で紹介したことがあった。読んでからだいぶ時間経っているが、今でもその読後感みたいなものはよく覚えている。

父と母を亡くし、生活面で生きていくことが難しくなった主人公・柏木聖輔。ついには授業費を払えることができなくなって大学を中退してしまう。ある日の途中、彼自身生活をどうにかやりくりしなければならないと思う中でふらりと立ち寄った惣菜屋さん。彼はその店のコロッケに惚れ込んで、アルバイトを始めるようになる。

この作品もさして大きな起伏がないけれど、読み終わった後になんともいえない高揚感みたいなものが残った。主人公は見方によったらなんてしんどい人生を送っているのだろう、と思ってしまうところだが、主人公自身はただひたすら前しか向いていない、そんな潔さが好き。

なんだか無性に、コロッケが食べたくなってしまう。

どちらの作品も本屋大賞の入選作品。どうしても出版社は少しでも本を売るために、変に大仰なキャッチコピーをつけたがるけれど、良い作品というのはそんなことをしなくても個人的には勝手に売れていくものなのではないかな、と思う。

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