大河ファンタジー小説『月獅』26 第2幕:第8章「嘆きの山」(6)
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第2幕「隠された島」
第8章:「嘆きの山」(6)
「おまえたちは、ギンについて家に戻れ。俺はすこしビューと話をする」
小さくなったグリフィンを掌に乗せて告げると、ノアは傍らの岩に腰かけ、早く行けとばかりに手を振る。
「さて、と」
ノアは小さなビューの奥にいるものに話しかける。
「ビュイック、聞こえるか。そして答えられるか」
「なんとか」
「そうか。いったいどうなってる」
「ノア……生きてたんだな」
小さなグリフィンが鋭い眼光をノアに向ける。
「ああ、詳しくはまた話す。それよりも、なぜ飛べない。なぜ小さいままだ。そして、なぜさっきは……」
「よくわからん。だが、こいつがじゃましていることだけは確かだ」
「こいつとは、ビューか」
「ああ」
「なぜ一つの躰に二つの魂が同居してる」
確かなことはわからないが、とビュイックと呼ばれたグリフィンが語る。
ヴェスピオラ山の噴火を鎮めるため火口に飛び込み眠りについていた俺は、黄金が生れる気配を感じて目覚めた。なかまのグリフィンのアズールが天と地の境で迎えに来ていた。だが、「今度こそ黄金を守る」と告げ、微かに光る輝きを追って急降下し海に飛び込んだ。
「覚えているのは、そこまでだ」
ビューの姿のまま、声だけのビュイックがいう。その声すらも靄がかかったように聞き取りにくい。
「気づいたらこうなってた」
海中で光輝く黄金をつかんだと思った。だが気づくと、光の殻のような中に意識だけが収まっていた。羽ばたこうとしても翼がない。羽ばたく感覚もない。躰を自由に動かすことができない。いや、躰自体が存在しなかった。透明な殻の内からビューの意識と目を通して外界を眺めていた。何度も内側からビューに呼びかけた。聞こえないのか、わざとなのか。ずっと無視されてきた。なぜ、こんなことになっちまったのか。
「ビューはおまえの分身というわけでもなさそうだな」
「ああ。幼くとも、こいつもグリフィンだ。強い意志をもってる」
「さっき覚醒できたのは、なぜだ」
「天卵の危機にこいつの意識が一瞬フリーズした。その隙に交代することができた」
「意識の主体がおまえになると、躰も能力も元に戻るというわけか」
ノアは驚き、ふうむ、と考えこむ。
「そういう……ことみたい……だな……」
掠れがちだったビュイックの声は、とうとう聞こえなくなった。
すっかり隠されてしまった意識に向かって、ノアは語りかける。
「俺はな、ビュイック。おまえがそこにいることは、ずっと感じていたさ。だから、あいつらがビューと呼ぶようになったとき、おまえの愛称みたいで不思議な気がしたよ」
双子が危機に直面すると、ビューとビュイックは入れ替わることができるということか。だが、それすらこの一回では不確かだ。何がビューの成長を蓋しているのかはわからんが。ビュー自身が成長することが一番であることは変わりない。
ノアは小さなグリフィンを肩にとまらせる。あいかわらず飛びたいのか、翼をばたつかせている。
「おまえの成長の箍を早くはずしてやらねばな」
強い意志の光を放つ金の瞳を見つめながら、ノアはつぶやく。
嘆きの山は、獲物を取り逃がしたことを悔しがっているのか、ひと筋の細く白い煙をあげていた。
(第8章「嘆きの山」了)
第9章「嵐」(1)に続く。
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