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前時代風

「愛がすべて、すべては愛」そういいながら、歌いながら踊りながらわらいながら、青年はきれいに狂っていった。ほっそりした胸元には柘榴の刺青をして。


青年は自らの感性が、もはや時代には適合しないのだと知っていた。出会う女はみなうつくしかった、それがゆえにかなしかった。「滅びることのない倫理をさがしに行こう」彼はゆうれいのように河川敷を歩くことがあった、風がささやいていた。「遠くに行こう、とおくにいこう、わたしたちのしらないところへ」彼の横顔がひかった。


大通りを大手をふって、回転しながら行く彼を、町の人たちは顧みることがなかった。彼は自らの夢が、いずれ時代に駆逐されるだろうと知っていた。出会う男たちはみなうつくしかった、それがゆえにかなしかった。「ほんとうに価値あるものはどこにあるだろうか」青年は三笠に問うこともあった、三笠は答えることもなく、先日銀河への旅に出た。


ああ、つまんないな。私が好きだと思った相手は、みんな空へと旅立っていくようだ。あたらしい倫理をさがしに行こう。そう言って私たちは今日もかなしい旅に出る、そもそも、あたらしい倫理なんてあるわけがない。私たちにあるのは「さようなら」だけだ。過ぎ去ってはすぎさっていく人々の影……、なんで私はこんなにも感傷的に過ぎるのか、今日は・・・・・・馬鹿。


「愛がすべて、すべては愛」そういいながら、歌いながら踊りながらわらいがなら、青年はきれいに狂っていくの? 桜が散り始めているな。青年は勘づきます。四季がこわれ始めている。みんな狂って踊り始めている・・・・・・。いささかも面白いことがない。


あーあ、つまんないな。音楽も文学も嘘っぱちだ。俺たちの信じているものは今世紀中には終わってしまうだろう。それゆえに新しい倫理をさがさなくちゃ行けない。何で俺はこんなにもつまんない奴なんだ!


「愛がすべて。すべては愛」そんな嘘を叫びながら、歌いながら踊りながらわらいながら、彼は脱皮する夢をみる。すべての音楽と文学がみずみずしく再生される。河川敷にはレンゲの群生、風にゆれて桃色を散らしている。「さようなら、さようなら、さようなら!」彼は脱皮の夢をみている、青年が羽化できる日はいつになるのか、彼自身が苛苛と待ち望んでいる。彼の名前は桜間志戸と言います。


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