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読書記録:ハートフル・ラブ (文春文庫) 著 乾くるみ

【その恋は痛みを引き起こす、心を傷付け、導き出す答え】


【あらすじ】
大学生の克己は実習グループの唯一の女子である亜紀に好意を抱く。

交際経験がなく、他の男子も彼女を狙っていると知り、距離を置いていた克己だが、亜紀から「二人で会いたい」と意外な誘いに乗ってみる事で、彼女の知られざる素顔を垣間見る。

「数学科の女」

他に、突然の余命宣告を受けて結婚を決意した夫婦を描く「夫の余命」や、アイドルの握手会をまさかのミステリに仕立てた「なんて素敵な握手会」など、どんでん返しの名手の技が冴える珠玉のミステリ7篇収録。

あらすじ要約

男女間の色恋のもつれ、嫉妬や執念が導き出す心がざわめく様な痛みに満ちた短編集。


人との出逢いにおいて、必ず離別を迫られる時は来る。
それを少しでも長引かせる為の割り切った関係。
結婚して契を交わしてしまえば、その分、失った哀しみは深くなる。
その喪失の大きさは、胸に空いた致命傷の何よりも証左。
それ故に、人と適切な関係が築けない不器用さ。
計算と打算に裏打ちされた、狐と狸のような騙し合いを経て。
心温まる関係とは無縁の苦痛に満ちた関係を築く中で。

この物語は、「夫の余命」「同級生」「カフカ的」「なんて素敵な握手会」「消費税狂騒曲」「九百十七円は高すぎる」「数学科の女」七話から織りなされる短編集。
どれも、理系らしい、理屈と小難しさが溢れているミステリーだが、共通しているのは、愛に狂わされる人々だ。

男女の色恋における嫉妬や執念、不貞によるその代償、一途すぎる想いから来る突拍子もない奇行。
たった一人の女性を巡って、見苦しい奪い合い繰り広げる男性達。

『heartful』ではなく、『hurtful』である事が、人間のネジ曲がった愛の皮肉さを如実に描いている。
愛は人を救いもすれば、傷付けもする。
愛は愛でも正反対の傷つける物。
恋愛とは、詐術であり欺瞞である。
相手に気に入られる為の、自分を無意識に演じている。
そうやって、騙しているつもりが騙されている毒々しい関係性。
愛は、はたから見ればどこか理解出来なくて狂気を含んでいる。
自分の幸せは自分で掴みに行く為の確率。
人生をしたたかに計算して、確率を上げる為のアプローチは、その途方もなさに怖じ気が走る。

そんな登場人物のどこかサイコパスな言動に、着実に精神を蝕まれながら、愛を貫くという事はエゴを貫き通す事と紙一重なんだと思わされてしまう。

そして、人は他人の第一印象に、先入観が引きづられる。
そこに思い込みの罠が仕掛けられているとも知らずに。
愛情の変化と受け取り方が次第に変わってきて。
人に執着すれば、最後に行き着くのは破滅で。
他人に依存して自分を持たないという物ほど怖い物はない。

そんな人間の闇を垣間見てしまうと、人とは、騙されるままでいる方が幸せなのか、それとも、分かってしまっても、騙されたまま、愛を錯覚していた方が幸福なのか、人生の命題の様な物にぶち当たる。
人生は勝ち負けにないにしろ、合理的に効率的に生きようとすれば、自分の些細な失敗や、他人のちょっとしたミスも許せなくなる。

人に完璧を求めれば、意見が対立するたびに、人を嫌いになってしまう。
その行き着く先は嫌いな人に囲まれるか、それを倦厭して、誰とも関わらない孤独である。
そうやって、選民意識を働かせるのは、自らの首を締めて不幸にする様な物である。

その恋で、心を痛めつけられて、人間不信に陥るようなトラウマを刻み込まれて。
相手が本当の自分をさらけ出してくれない事に不満を覚えて。
相手が秘匿している事を暴こうとするのは。
まさにパンドラの箱である。
知らぬが仏という言葉があるように、知らなくて幸せな真実という物のはあるのかもしれない。
何にでも、はっきりとした答えを求めてしまうのは、ある種、理系の悪い所ではあるが。
世の中の出来事とは、大概がはっきり白黒のつかない、誰が味方で誰が敵なのか、判然としない曖昧な物であるからこそ。 


隠された答えを導く事が、果たして幸福なのか、疑ってしまうのだ。













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