見出し画像

漠然とした不安を抱えて、今日も、生きている

12月に入ってから、特にこの1週間ちょっと、漠然とした不安を抱えている。

こういう漠然とした不安は、理由や原因がわからないからタチが悪い。なにをすればいいのかも、なにに悩んでいるのかも、なにに対して不安を抱いているのかも分からない。

そのすべてが分からないけれど、ただ「漠然と不安という気持ちがある」という状態が、さらに「なにか悪いことの前兆なんじゃないだろうか」「なにか、見落としていることがあるんじゃないだろうか」という風に、自分の足元でさえもグラつかせてくる感覚になって、余計に不安が助長されるのかもしれない。


不安に感じていること。不安とまではいかなくても、漠然としたモヤモヤを抱えていること。

子どものこと。
子育てのこと。
今の環境と生活スタイルのこと。
これから先の仕事のこと。

多分、このあたり。

答えなんてない。
正解なんて存在しない。

そんなことは分かりきっている。
それでも、怖いと思う。
正解を選びたいと望む。
願わくば、間違えることなく、傷つくことなく、失敗することなく、正しく歩きやすい道を、と。

そんなの死に際にならないと分からないものなのかもしれないのに。


毎日のルーティーンは、やる気がなくてもとりあえず実行するようにしている。毎朝、起床後のモーニングノート。瞑想。
意味なんてあるのか?
そんなことを思って、やりたくないと思う自分を「とりあえず、やろう。意味なんてなくたっていいからさ」と諭して、ただ、実行する。

過去の記事を振り返って読んでみたら、数ヶ月前よりも格段に良くなっている自分に気づける。ちゃんと、前には進んでいるし、進歩もあるし、成長もある。無駄ではなかった。それは、記録をみていれば分かる。

それでも、と思う自分がいる。

それはきっと、わたしが上ばかりを見てしまう理想主義者だからなのかもしれない。今の現状は、マイナス30からマイナス5くらいまで上がってきている状況。でも、マイナスには変わりないじゃん。わたしが到達したいのは、プラス50のラインなんだよ、みたいな。

でも、そんな考え方はきっと苦しい。
自分を苦しめることになる。

今もまだマイナスなのかもしれない。
でも、今の状況がマイナスだと認識しているのは、誰?
誰の基準で、今の状況はマイナスなの?
誰がそう言ったの?
誰のものさしで、そう決まったの?

全部、自分だ。
自分のものさし。自分の基準。

プラス50を目標にしている。
でも、そもそもわたしに、その目標は現実的に達成可能なのだろうか。
もしかしたら、ただの夢物語で、達成可能な目標じゃないのかもしれない。
その目標を達成することが、自分にとっての本当の意味での幸せや心地よさにはつながらないのかもしれない。

分からない。

分からないのなら、そんな遠いところばかり眺めていないで、少し前の自分と比較した今の自分を褒めて、受け入れてあげようよ。そして、次はマイナス3の境地を目指せばいいじゃん。2、3歩先の目標でいいんだよ。そんなに遠くの目標をずっと見続けていたら、苦しくなるよ。いつまでも苦しみから抜け出せないよ。

「あなたはこの半年間で、これだけ成長したじゃない!これだけ前に進んだじゃない!その自分をちゃんと認めて、褒めてあげなさい!」と何度も言われた。

そう。わかっている。
認めている。褒めている。
でも、目指す先は、もっと遠いから、まだまだなんだ。

そんな言葉が口から出てくるうちは、きっとわたしは本当の意味で今の自分を認めても、褒めてもいないんだろう。


疲れているなら、休めばいい。
でも、いつまで?
やる気が起きないなら、ゆっくり寝てなにもしない時間を持てばいい。
でも、いつまで?

そんな問答が自分の中で繰り返される。
いつまでなら、許容される?いつまでなら、周りの人に許して受け入れてもらえる?

もし。
もしも。

この状況が、この先もずっと続いていったとしたら。
これが一過性のものではなく、わたしの生まれながらの気質に由来するもので、どうにかなるものでも、乗り越えるものでも、治せるものでもなかったrしたら?

それでも、わたしは、許されるのだろうか?
誰に?
家族に。恋人に。子どもに。
それとも、わたし自身に?


結局、わたしがわたし自身に鎖をつけている。
わたしがわたし自身に一番厳しくて、ジャッジしていて、そして多くのものを期待している。その期待に応えられない自分を恥じるのも、責めるのも、自分だ。


そう。
結局、自分なんだよなぁ。

いつも、結局はそこに行きあたる。
ああ、なんて。
なんて、シンプルで。そして難しい世界なんだろう。

自分を愛するということ。
自分を信頼するということ。
どんな自分も受け入れて、認めてあげるということ。

「受け入れられない」
「認めたくない」
「愛したくない」
と思う自分も含めて。

そのすべてを。


途方もないなぁ。
でも、結局進むしかない。
生きているんだから。
生きることを、選択し続けているんだから。


サポートしていただいた方のことは忘れません