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【4人声劇】愛の廓

■タイトル:愛の廓(くるわ)


■キャラクター

葵:5歳の時に遊郭に売られた少女 16歳

美しくたくましく成長し、店を背負うほどの遊女となる

客としてやってきた奥田源八に惹かれていく


ウメ:葵尽きの禿(かむろ) 7歳

快活な性格ではあるが、それ故に遊女として未熟である

葵を信頼しており、葵もまたウメを信頼している


源八:剣術に秀でた侍

首切り役人として確固たる地位を築く、奥田家の若き次期当主

人を殺す稼業であることに罪悪感を抱いている

葵太夫に惹かれていく


楼主:遊郭「大黒楼」の楼主 通称ととさん

遊女からは「忘八」と罵られる冷酷な経営者


※禿:次期遊女候補の子供。遊女のお付として身の回りの世話をしつつ、仕事を学んでいく

※首切り役人:罪人が切腹を行う際、その解釈を務める(首を斬る)役人

※太夫:遊女の中でも最上位の位

※忘八:仁(じん)、義(ぎ)、礼(れい)、智(ち)、忠(ちゅう)、信(しん)、孝(こう)、悌(てい)の八つの徳を失った、ろくでもない人間の蔑称

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楼主:(NA)

男の楽園、𠮷原…この場所には、噓しかない


葵:…随分とおひさしゅう感じんす

きっとあなた様を待ち焦がれていたが故…


楼主:(NA)

赤らんだ頬も、袖をつかむ手も、さり気に当てた脚も

愛をささやくその口も…


葵:…堪忍しなんし…そのように乱暴にされては…恐ろしゅうございます

  

楼主:(NA)

狐を追う狩人が如き男どもを焦らし、騙(だま)し、たぶらかし…

狩人が野獣に変わるその瞬間


葵:何故(なにゆえ)惚(ほ)れさせてくんなんしたえ…


楼主:(NA)

狐はその喉笛に嚙みつくのだ


――――――――――――――――――――――――――――


葵:ふぅ、あの山田何某(やまだなにがし)とかいう商人はまた来るよ

正しい名を書いて置いといてくれ


ウメ:はい、姐さん!

しかし、さすがですね…山田様は何人か花魁の皆様方が相手をしましたが

その結果たるや散々なもので…


葵:ありゃあ遊女を下に見ているてらいだ

そういう輩には下に見られているなりの立ち居振る舞い(たちいふるまい)というものがあるんだよ

ウメ、飯の用意ができたか聞いてきておくれ


ウメ:はいな!


(早歩きでウメはその場を去っていく)


葵:…わっちら遊女にとっちゃこの屋敷はさながら牢獄だが

しかし、𠮷原は男にとっての高天原(たかまがはら)だ

遊女は憂世(うきよ)の苦しみから解放してやる天女でなきゃあならない…

天女って奴は男から下に見られたら終わりさね…


(独り言をつぶやく葵のもとに楼主が歩み寄る)


楼主:良いことを言うね、それに良い働きもしたと聞いたよ…葵


葵:ととさん…なんの用でありんしょう?


楼主:…山田小右衛門有親(やまだこうえもんありちか)と言えば気難しいと有名の豪商だ

それをいともたやすくトンと落としたともなれば

称賛の言葉の一つや二つかけてやらねばなるまいよ

まして、お前はいずれこの店の筆頭…御職(おしょく)になると期待しておるんだ


葵:…さすがは遊女に様々な“学(がく)”を授けられるととさんだ

一体どれほどの女達にその言葉をかけられてるんでありんしょう


楼主:ふふ…本当によく育ったね、葵

そのかんざしはもう流行ではない…変えておきなさい


(その場からさる楼主を葵は見送る)


葵:変えておきなさい…じゃあないんだよ

着物に化粧道具…何から何まで全部わっちら持ちじゃないか…

そう簡単にポンポン変えてちゃあ、いくら金子(きんす)があっても足りゃあしない


ウメ:姐さ~ん!飯の用意ができましたよ!


(やや遠くからウメが駆け寄る)


葵:こらウメ、屋敷は走るなといつも言ってるだろう…

お前は振新(ふりしん)になるんだろうから気品と学を身につけないと

※振新:吉原遊郭で禿から新造になったばかりの年若い遊女

身売りされた若い子供の中で、遊女になれる才覚、美貌のある者のみがなれる


ウメ:あぁ、すいやせん…ととさんと何話してたんです?


葵:何、大したことじゃないさ


ウメ:気を付けて下せえ…この大黒楼(だいこくろう)も随分繫盛しやして、ととさんは変わられたって話です

忘八(ぼうはち)ってんで、他の姐さん方は随分と悪く言ってますよ


葵:ウメ…あんた頭の良さそうな言葉使うじゃないか

その忘八ってのは一体全体何なんだい


ウメ:うぇ!?えっとそりゃあ…そのぉ…


葵:ふふ、わっちはウメよりずっとながぁくここにいるんだ

ととさんのことだってあんたよりよく知ってる

…忘八ってのはね仁(じん)、義(ぎ)、礼(れい)、智(ち)、忠(ちゅう)、信(しん)、孝(こう)、悌(てい)

人間にとって大切な八つの徳を、ぜぇんぶ忘れちまった奴のことさ


ウメ:…そんなら、ととさんにぴったりだ

こないだ朝霧太夫(あさぎりだゆう)が客に刺されて死んだとき…供養もしねえで捨ててました

供養しちまえば化けて出ちまうから…いぬっころなんかと一緒に埋めて、畜生道(ちくしょうどう)に落とすんだそうです

※畜生道:死後、魂が訪れることになる六道の一つ

犬や猫などの動物や虫などの生き物が集まり、弱肉強食によって成り立つ厳しく辛い世界


葵:2度と浮世に戻れねえように…か

  死んでなお戻りたくなるのかね…こんなクソみてえな場所に…


葵:(NA)

甲斐性の無い父さまは酒におぼれ、借金をこさえるのがうまかった

母さまは借金を帳消しにするためにわっちをここへ売り飛ばした…5つの時だ

身売りの金で借金はチャラらしいが、病に伏せる母さまのために、わっちが稼いだ金は吸い尽くされてしまう…

わっちの年季(ねんき)は終わらず、一生ここに縛り付けられるのだろうか…そんなのまっぴらごめんだ

※年季:年季奉公の略称

遊女が、遊郭で働く契約期間のこと


ウメ:…え?何かおっしゃいました?


葵:何でもないよ、ウメ

  湯屋に行こうか


ウメ:はい!


――――――――――――――――――――――――――――


楼主:(NA)

遊女が外出をするというのは非常に難しく、風呂へ入りに行くにしても遊郭から無許可で出入りすることはできない

そのうえ外にいる間に客と出会ってもいけないため、遊女たちは江戸の裏路地をコソコソと移動するしかなかったのだ

しかし、運命的な出会いというものはどこで起こるかわからないものである


(江戸の裏路地を歩く源八)


源八:(NA)

江戸の街は好きだが…大通りは好かん

町民は某を忌み嫌い、恐れているがゆえ、何を言われているのかわかりはせぬ

自らの稼業に誇りも持てぬとは…なんと嫌気がさすのだろう


源八:はぁ…今日はめでたいことなど何も無いが、魚でも買って帰ろうか…


ウメ:うわっ!?


源八:ぬおっ!?


(曲がり角でぶつかるウメと源八

 源八は無事だが、ウメは派手に転んでしまう)


ウメ:いっててて…なんだ…?ってお侍様!?これはとんだご無礼を…!


源八:…わっぱ、このような狭い路地を歩くときは、よくよく周りを見ねば危ないぞ

侍にぶつかるなど…一刀に斬り伏せられても文句は言えん


ウメ:も、もも、申し訳…ございいい…


(うろたえるウメを助けるべく、葵が後ろから走り寄る)


葵:お侍様…本当に申し訳ございませぬ…その程度にしてはいただけませんかえ?

  その子には私からきつく言っておきますゆえ


ウメ:姐さん…!


源八:この者の親…にしては似ておらんな…そうか、そなたら𠮷原の女か


葵:えぇ、わっちらは表立って大通りを歩けぬ身…このような道を行くしかすべを持たぬのです

それにこの年頃のわらべは落ち着けないもの…どうかお許しを


源八:…わかっている

もとより、傷つける気など毛頭ない

次から気をつけろよわっぱ


ウメ:は、はいぃぃ…!


源八:さて、そなた…名は?

𠮷原の女か、と聞いた瞬間空気が変わった

おそらく、位(くらい)の高い遊女であろう


葵:そんなそんなこんな場所で名乗るような…


ウメ:そうでございます!

このお方は、末(すえ)は松の位と呼び声高きわが店の筆頭候補…むぐっ!!

※松の位:遊女に与えられる称号の中で最も高い地位の物


葵:ばかっ、やめな!こんなところでそのようなことを…


源八:ははは、面白い!

末(すえ)は松か…大きく出たなわっぱ

そちらの…布で顔を隠していても、その美しく光る瞳(め)までは隠せまい

その瞳、覚えた…いずれ確かめに行かせてもらおう

松の位に至る、遊女というものをな


(源八はその場から立ち去る)


ウメ:はぁ…姐さん、これでいいんすか?


葵:あぁ、上々だね、名演技だよウメ


ウメ:いきなりお侍様にぶつかれってんですから冷や冷やしましたよ

あたい斬られちまうんじゃないかとばかり…


葵:あのお侍さんは斬らないよ…そういう人だ


ウメ:なんでわかるんです?


葵:日頃の勉強の成果さね


ウメ:わっちぁてんでわからねえなぁ

あれであのお侍さんがお客になるってんだから


葵:ウメがうまくやってくれたおかげさ

さぁて…風呂だ風呂!


――――――――――――――――――――――――――――


ウメ:(NA)

突然ですが、禿(かむろ)の仕事ってやつをお教えしやしょう!

基本的には花魁の付き人になるわけだから、その身の回りのお世話があたいの仕事になるわけだ

そして、葵太夫(あおいだゆう)みてえな立派な花魁につかせてもらってんだから、そらぁあたいにかかる期待もすごいってもんで…

   

葵:わっちの着替えは?


ウメ:あ、まだ準備できてやせん…!


葵:ウメ、こないだ頼んだ手紙の返事できてるかい?


ウメ:うがっ!書いた手紙をどこにやったか忘れちまいました!


葵:…ウメ、灯り(あかり)の油を頼みに行ったんじゃなかったのかい?


ウメ:あっ!別のことしてたら抜け落ちちまってました!


葵:…本当に、あたしがいなきゃ誰もあんたの面倒見なかったろうね


ウメ:す、すいやせん…


ウメ:(NA)

…期待はされてるはずなんですが、どうにもうまくいかねえ


(楼主を見つけ、ウメは走り寄る)


ウメ:御内所(ごないしょ)さん!


楼主:…どうしたウメ、いつも通りトトでいいのに


ウメ;いえ、わっちぁ葵姐さんに恥をかかせぬ立派な遊女になるって決めたんす!

こういう言葉遣いから直そうと…!


楼主:良い心がけではあるが…無理は続かないし表面だけ取り繕ってもだめだ

体に染みつき、いつからか自然とその言葉を使えるようになった時…

お前は一人前の遊女となるだろう


ウメ:自然と…なんだか難しいですね


楼主:まあお前はまだ7つだからな…そのうちわかるだろう

ところで…最近葵に何か変わったことはないかな?


ウメ:姐さんの変わったこと…ですか?


楼主:そう、変わったことだ…何でもいい

長らく店に奉公してくれている、稼ぎ頭の功労者なんだ

何か小さな変化でも知っておきたい


ウメ:いや、あらたまってお伝えするようなことは何もありやせん…


楼主:…そうかい


ウメ:御内所さん…もしかして、葵姐さんのことを何か疑っていやすか?

   

楼主:…どうしてそう思うのかな?


ウメ:先日…栄三郎(えいざぶろう)さんと八重草新造(やえぐさしんぞう)が…その…折檻(せっかん)を受けられたと聞いたものですから…


楼主:やっぱりお前は賢いね、ウメ…まっことその通りだ

どこまで聞いているのかは存ぜぬが、隠すことでもあるまいて 

栄三郎と八重草は、知らぬ間に恋仲となっておった


ウメ:恋仲…ですか…


楼主:店の者が遊女と男女の仲になるなどあってはならないことだ

故にわしらも厳しくせねばならない…しかし、あの二人ときたら恋仲になるだけにとどまらず、子もなしておったんだ


ウメ:ご懐妊(かいにん)ですか!そらあ、店の決まりを破っちまうのは悪いことでござんすが、子をなしたとなればめでてえことじゃないですか


楼主:いいや、ウメ…それは違う

子を宿せば、遊女は働くことができなくなる…

店に入る金が減り、女に入る金も減る…

いいことなど何もない…子という者は、遊郭に仇名(あだな)す鬼でしかない


ウメ:鬼…そんなら八重草姐さまのお子はどうなったんです…!?


楼主:鬼追いだ…薬を飲み、子を堕ろすことになる…

堕りなければ水銀を飲ませ、それでもダメならばほとから長箸で赤子を掻き出さねばならない


ウメ:そ、そんなことしやしたら…!?


楼主:体が無事ではすまないことだってあろう

しかし鬼は追い出さねばならない、ゆえに鬼追いだ


ウメ:そんな…どっちが鬼かわかりませぬ…

  

楼主:愛しき葵がそうなるのは嫌だろう?

…だから何かあればすぐにわしに教えておくれ

それが葵を守ることにもつながるのだからね…


ウメ:わ、わかりやした…肝に銘じやす…


(ウメは頭を下げ、その場を後にする)


楼主:はぁ…商売道具が分不相応にも恋などと…

我が大黒楼はまだまだ大きくなるのだ…商売道具は、ただ店に金を運んでくれればそれでよい


――――――――――――――――――――――――――――


葵:(NA)

遊女はその手練手管(てれんてくだ)をもってして、男の望む傀儡を演じる

自らの思い通りになる女を欲望のまま貪(むさぼ)るためなら、男はいくらでも金を出す

故に、遊女は女郎(じょろう)だ狐だと罵られることだって珍しくない…まこと、この世は噓だらけ…


葵:まさかこんなにも早くわっちを見つけられるとは…

  

源八:…確かめに行くと言ったであろう

その綺麗な着物も、化粧も、高く結わえた伊達兵庫(だてひょうご)も…

あの時からでは想像ができぬほどど美しいが…その瞳は隠し通せるものではない

窓より覗かせるその顔を見たときすぐにわかった


葵:会いに来てくださっただけでも、この胸が高鳴っておりますのに…加えてなんと嬉しいお言葉をいただけるんでありんしょう

わっちは主様(ぬしさま)にお会いするために、この場所で奉公(ほうこう)していたのやもしれませぬ


源八:少々意外だな…某は、あまりこのような店に来たことは無いが、初回はつれないものだと聞いていた…とりわけそなたのような大見世(おおみせ)の花魁ともなればな


葵:異(い)なことを申されます

わっちらがお会いするのは初めてではございますまい…?


源八:はっはっはっ!違いない!

…だが、それでも某にとってこの場は初めて…これほど良くされては、そなたにホの字の他の男どもに示しがつかぬだろう

ひとつ、今晩は某と夜伽話(よとぎばなし)をしようではないか?そなたの話が聞きたい

※夜伽:夜通し付き添うこと


葵:わっちの話を聞いてくださるとは…なんとも通(つう)なお人だ…

では…蠟燭(ろうそく)一本燃ゆる間に…お話しさせていただきやしょう?

 

葵:(NA)

女どもはいかようにしてこの廓(くるわ)へやってくる?

飢饉か、借金か、お取りつぶしか…理由はうじのように湧き出してくる

その都度女は自らを殺し、男どもの夢を叶えるのだ…

 

源八:(NA)

某には剣しかなかった

ただ剣を振り続けるのみの人生だった…だが、こうも思う…本当にそうだろうか、と

某には剣しかなかったわけではない…不自由もないような生活の中…

他(ほか)より多く、剣を与えられていたにすぎない…


葵:(NA)

作り、繕(つくろ)い、演じて、化けて…

あなた様の望む姿になりやしょう…望む顔を…望む仕草を…望む話を…望むわっちを…あなた様に…


源八:(NA)

こんな生き方もある、こんな生き方しか選べない者がいる

それゆえなのか…なんと儚く、美しい


葵:ふぅ…(蠟燭の火を吹き消す)

蠟燭(ろうそく)一本…過ぎてみれば、寸(ちょん)の間でありんしたな…


源八:まことそなたの言う通り…そなたの話、我が心に響いた

   

葵:お侍様に比ぶれば…わっちぁ学がない

面白みに欠ける話でありんしょう?

何も言わずただ聞いていただけただけで、わっちは救われるようでありんす


源八:…某は武士という者が好きではない

身分にあぐらをかき、他の者を見下し…あまつ好きに斬り伏せることすら…

そなたらが我らより学も無いなどと…そんなわけはあるまいよ

   

葵:源八様…


源八:長らく話させた…この辺りで某は失礼する


葵:もう帰ってしまわれるので?


源八:…また来よう、その際はそなたの話を聞かせてくれ…葵太夫


(源八はその場を去る)


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葵:コレサ、あのお侍様はきたろ?


ウメ;ひぇえ、店の外でまで手練手管が効きなさるとはさすがは姐さんだ!


葵:…でも、少し想像と違ったね


ウメ:…どういうことです?


葵:あのお侍様はわっちに色目を使うどころか、ただ話し相手をするだけだったよ

てめぇの自慢話もせず、わっちの話をただ聞いていた

まるでわっちを敬うように


ウメ:そいつは珍しいお客人で…


葵:期待はしないで待っているが…また来てほしいと思ったのは初めてだねぇ


ウメ:そこまでほめられるとはなんと素晴らしき通人か…

しかし…あのお侍様のお名前どこかで聞き覚えが…奥田源八…奥田…奥田…あれ…もしかして奥田の剣客ですかい!?


葵:やっと気づいたのかい?

罪人の介錯(かいしゃく)を務める首斬り役人様だよ

その斬り口は、達人の据え物斬りすら茶番に見えちまうほど美しいんだそうだ

こないだなんて切った首がそのまま胴の上に乗ったまま落ちてこなかったそうだよ


ウメ:ひぇえ…どんな振り方をすればそんな神業(かみわざ)が…

わっちぁそんな恐ろしいお人にぶつかっちまったんですね…


葵:無益な殺生を嫌い、情に厚いお人だと噂で聞いてたからね

暇(いとま)があるときは、もっぱら善行を積んでいるとも聞くし

斬り捨て御免!なんてことにはならないと思ってたよ

アッハッハッハ!


ウメ:そう…ですかい…


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楼主:…なるほど、そのような裏があったとは 

あの葵が仕事終わりに珍しい顔をしているから何があったかと思っていたが…

よく報告してくれたね、ウメ


ウメ:へえ…御内所さん、奥田様と姐さんをどうにかなさるんで?


楼主:ふむ、奥田の後継(あとつぎ)が葵を気に入るならばそれは良し…

太夫と馴染みになれるほど通う金は持っているだろう

身請けできるほどともなれば、莫大な金が手に入る…

だが、恐ろしきは足抜けだ

※身請け:遊郭に通う客人が、大金を払い遊女を買い取ること

※足抜け:遊女が店から逃げ出すこと


ウメ:足抜け…


楼主:遊女が間夫(まぶ)と恋仲になり足抜けを試みた話は数多(あまた)聞くし、成功すれば店は大損をこく

バレてしまえば遊女には厳しい罰が与えられ、太夫としての格を失うこととなるだろう


ウメ:そんな…姐さんが…わっちぁどうすれば…!?


楼主:なぁに、今までと変わりはしないよ

ただ…何かあれば逐次(ちくじ)わしに報告をしてくれればよい


ウメ:わかりやした…


楼主:いい子だね、ウメ…頼んだよ


――――――――――――――――――――――――――――


葵:(NA)

源八はひと月せぬうちにまたやって来た

わっちは年甲斐もなく、そのことに胸を躍らせてしまっていた


源八:先日はそなたに一晩中話をさせてしまった

今晩は某が話を聞かせたいと思う…が、つまらん話では申し訳ない

今燃ゆるその蠟燭の消えるまで…


葵:何をご無体(むたい)なことを言いなさる

わっちぁ、今日という日を楽しみにしておりんした

もしや源八様のお話が聞けるのではと…この期待、無情にも奪い去ろうというのですかえ?


源八:…なんともうまく“のせる”ものだ

ほれ、床花(とこばな)だ…蠟燭の足しにするがいい

では、恐れながら聞いていただこう

※床花:客が遊女に直接払うチップ、店に中抜きされないため全て遊女の金となる


葵:アイサ、話しやれ


源八:某は首斬りの役人だ

生まれは薩摩…奥田の家督(かとく)を継ぐべく海を越えやって来た

修練を積み、この大太刀にて咎人(とがびと)の首を斬りに斬ったり…

痛みなど与える暇もないほどに、一刀にて屠りさってきたのだ…


(源八はそこまで言うと口をつぐむ)


葵:源八様…?


源八:しかし、時折この心は万力(まんりき)で挟まれたがごとく、押しつぶされそうになる


葵:それは…罪悪感故でありんすか?


源八:その通り…某は首を斬り金をもらう

斬った死体を持ち帰り、その死体から薬を作り金をもらう

死体を縫い合わせ、様斬(ためしぎり)に使い金をもらう

きっと、死後某が向かう先は修羅道か…地獄道か…

ゆえに、自らが行える善行は可能な限り積んで生きようと…

救われぬ自らの代わりに罪なき誰かを救いたいと…そう思っている


葵:それはまこと素晴らしいお考えでありんすな


源八:いや…ただ自らが可愛いだけではないかとも思う

より早く、より美しく、より滑らかに、より…より…より…!

より、素晴らしき一刀を皆が求める

そして、その期待に応え、称賛を得たとき…某の心に悪鬼がすり寄る…耳元でこうのたまうのだ

…首をはねるのは面白うございますな…と

某は善行を積み…救われた気になりたいのだ…身勝手な愚か者だよ


葵:…花街は、一歩入れば狐の巣

この廓(くるわ)の中で実(まこと)をのたまう者などおりんせん

わっちらは狐と罵られる

誰もかれも皆、自分可愛さで取り繕うことなど世の道理でござんしょう

サテ、主様(ぬしさま)よ…この葵もあなた様と同じでありますれば、わっちのことを身勝手な愚か者だとのたまいんすか?


源八:フフフ…はははは!ひどいとんちだ!


葵:源八様…わっちのようなものでも噂で聞く、主様の剣は神業だと

剣なんざハナから人を斬るためのもの…それが神と称されるほどになったんだ

わっちぁそれはまこと素晴らしきことだと思いんす


源八:それも…噓か?葵太夫…


葵:知りたいのならば…狐を捕まえるしかありんせん


源八:狐に…捕まる気概があるのならば


葵:異なことを…懐き狐(なつきぎつね)が逃げ出すわけがありますまい

さぁ、もそっとこちらへ…


源八:もう蠟燭の火が消える…


葵:では狐は眠りにつきやしょう

朝日が昇るまでの一寸(チョン)の間だけ…わっちは人に戻りんす…


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楼主:やれ、ここ最近、葵は呆けているような顔をすることが多々ある

だというに、その仕事ぶりは日増しに良くなるばかりだ

客からの評判も上々…店としてはいいことではあるが…気掛かりは…情男(いろ)だ

あの奥田家の世継ぎ…ただの歩兵(ふひょう)ぁと思いきや予想よりはるかにやり手だったようだな

しかし…我が王将は、葵…お前なのだよ

この盤上の詰将棋必ずや勝利をこの手して見せようぞ


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ウメ:姐さん、なんだかご機嫌でござんすな


葵:えっ?あぁ…そ、そうかい?


ウメ:以前は、苦虫を嚙み潰したような顔をしながら手紙の返事を書いてらしたのに、今では手紙が届くのを楽しみにしているようで

昼三(ちゅうさん)に格上げされたかと思ってやしたが、別にそれで喜ぶ姐さんでもないなと

※昼三:遊女の位の呼び名、上から2番目


葵:別に大したこたぁないよ、手紙の書き方を忘れちまってはいけねえと思ってね

いつか来る、ほんに書きたい手紙を書く時の修練を積むと思えば…


ウメ:…姐さん?いかがされたんで?


葵:いや、この手紙が…その…それはそれは、おぞましくてね


ウメ:読んでも?


葵:あぁ、ほら


ウメ:ふむ…えぇと…おはよう、おはようと言うてもこれを葵が読みし際

朝かどうかわかりはせぬが、こちらは明け六つ時

葵を思い文(ふみ)をしたため、いつの間にやら東の空に日が昇っており、我は時を気にする心をば忘れたらしい

ただ考えるのは葵のことのみ…うへえ、回りくどい書き出しでおざんすなぁ

※明け六つ:午前6時頃


葵:それだけじゃないよ、ほらここを見なよ

昨晩などはお前様を夢に見るほど、これすなわち、お前様の淡くも熱い気持ちがわれの元まで届いておるということでは?ってさ

あぁ…身の毛もよだつほど気色が悪いのに…この後も見世(みせ)の外で会いたいだの、馴染みの出会い茶屋(であいちゃや)に行きたいだの…

はぁ…その辺の羽虫(はむし)の方がまだかわいげがあるってもんさ

ウメ…返事書いといておくれ…

※出会い茶屋:当時のラブホテルのこと


ウメ:勘弁しておくんなんし…わっちも命が惜しいです…


葵:うぅ…別にいいじゃないか!たった1枚書くだけだよ!


ウメ:それが…同じ方からいくつも手紙が届いておりまする…


葵:うがっ…!?っうぅ~…はぁ…なんでこうも嫌われているのに伝わらないもんかね…

こいつは後に回そう…ほかに手紙は?


ウメ:そういえば、奥田様からも文が


葵:何!源八様から…!?…ふふふ、やはりまこと粋(いき)な字を書かれるよ


ウメ:…しかし、姐さんが昼三(ちゅうさん)になりましたんで、かかる金子(きんす)も上がっちまいやした…

見世に来られる数は減っちまうやも…


葵:…こればかりはわっちにもどうともできんよ

来るか来ないか決めるのは客さね…しかし、手紙を書くことはできる!

落ち込むほどではありんせん


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ウメ:(NA)

そんな姐さんに身請けの話が持ち上がったのは、それから10日ほど

経った頃でありんした…


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源八:…身請けだと?


楼主:まだそうと決まったわけではございませぬ

ただ、葵太夫はいまや引く手あまた…我が手中に収めんとするお大尽(だいじん)も多いもんですから、どうしてもそのような話が持ち上がるんでございますよ


源八:誰が身請けをすると申しておるのだ

 

楼主:三浦屋(みうらや)、高田屋(たかだや)、大塚家(おおつかけ)…と言えばよろしいか


源八:数万石(すうまんごく)といったところか…


楼主:奥田家と同等かと…


源八:このような話が持ち上がれば、葵太夫の身請け金は吊り上がる…店からすればありがたいことだろう


楼主:…しかし、私どもとしましても大切な遊女を送り出すとなれば、まことに葵を愛する者に身請けさせたいと思うのが親心というもの


源八:…さすがは大見世を仕切る楼主様だ…そのような手練手管(てれんてくだ)を女に与えてきたのだろうな…


楼主:さて、いかがでしょうな…本日は葵太夫は30人ばかしが待っておりまするが…奥田様はどうなさる?


源八:…出直そう、商売女が忙しいとなれば夜に眠ることもできまい…


楼主:またのご来店をお待ちしておりまする…


(江戸の街をフラフラと歩く源八)


源八:(NA)

葵が…身請けを…まことに愛する者にこそだと…そんな者…某をおいてほかにおるものか!

だが…葵は昼三(ちゅうさん)の高級遊女…会うだけでも途方もない金が要る

身請けするともなれば…一体どれほどの金子がいるのか…

金がなければ、まことの愛すら手に入りはせぬ…ということか…

金が…金が要る…なにを置いても金が要るのだ…!

   

――――――――――――――――――――――――――――


葵:はぁ…


楼主:…随分と大きなため息をつくじゃあないか


葵:ととさん…何、最近やけに身請け話が持ち上がったり流れたり…こういうことが続けばこちらも心持(こころもち)穏やかにゃいられねえのでね


楼主:数万、十数万石の頭首の身請け話を喜ばんことがあるとは驚きだ

もしや情男(いろ)でもできたかね


葵:…だったら何だってんだい


楼主:気を付けることだ…商売女は偽りの愛を与える

男どもはその偽りを真(まこと)と信じるがゆえに、金を落とすのだ

お前が本気になったとき、双方利益があろうはずがない


葵:コレサ、押しつけがましいことこの上ないよ…

…巷(ちまた)じゃあ辻斬りなんてものが流行ってるんだってね

なんでも悪人ばかりが斬られているというじゃないか…


楼主:それが何だというのかな


葵:気を付けなんし

おまはんを恨む輩など、その辺を転がる小石のようにあふれているんだ

わっちぁととさんがいつ斬られても不思議には思わないね


楼主:わしは斬られやせんさ…そいじゃあな


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ウメ:(NA)

わっちの予想を裏切るように、昼三に格上げされた姐さんのもとへ源八様は以前にも増して足繫く通うようになりやした

それどころか金子を積み、順番を抜かすお大尽(だいじん)ぶり

遊女が男に入れ込んでいいことはありやせん…そら遊女共の常識でありんすから、わっちの心配は高まるばかり

だが、そんなことは当の姐さんは知る由もありゃあせんのでした


葵:…金子を積んで順番抜かしとは…随分なお大尽になったものだね、源八様


源八:何、お前を思えばこそ


葵:そんなに通い詰められて…その…大丈夫でありんすか?


源八:何も心配などする必要はない

お前に会うことができるならば、はした金など惜しくはない


葵:…源八様、巷じゃ辻斬りが横行しているようでござんすな


源八:…そのようであるな


葵:なんでも悪人ばかりを一刀で斬り伏せておるとか…大層腕のたつ者でありんしょう


源八:…某は死体を見たわけではない故、なんとも


葵:源八様、何故(なにゆえ)大太刀(おおたち)を替えられたんでありんすか?


源八:刀の新調など珍しいことでは無かろう


葵:いいえ、あの大太刀はわっちでもわかるほど手入れの行き届いた美しい一振り…新調するようなものではありんせん

だというのにその刀はむしろ手入れも行き届いておらぬ…なまくらに近い物では?


源八:…何のためにそんなものを


葵:斬れすぎるんでありんしょう?

源八様の腕を持ってすれば、なまくらくらい使わねば辻斬りの下手人(げしゅにん)が誰かなどその鮮やかな斬り傷を見れば一目瞭然でありんしょうから…

人を斬ったのは…金のためでありんすか?


源八:…某が金を得るにはもはやそうするしかなかった…身請けできる身分になるほど見世に通うにも金が要る

某は愚かにも葵と心が通じ合ったと思っていた…お前と結ばれるためには…これしか手がなかったのだ…!


葵:ほんに…わっちを愛しているのならば…わっちと逃げておくんなまし


源八:…足抜けすると申すのか?


葵:源八様は高潔なお方…悪人とは言え、人を斬るのはお心を痛めたことでござんしょう

もう…わっちは源八様にそんな思いをしてほしくはござりんせん

だから…わっちと逃げておくんなまし…


源八:あいわかり申した…奥田家にてそなたをかくまおう

しばらく外には出ることはできぬだろうが…


葵:構いやしやせん!…しかし、どのようにして見世の外に出るか…


源八:某の馴染みに頼み、安物の着物を持ってこさせよう

それを着て、隙を見て逃げ出すといい


葵:しかし、見世の周りは高い柵が…


源八:某の刀があれば、周りにバレぬよう竹の柵を斬ることなど造作もない…あそこにしよう

この窓以外からはそうそう見える場所ではない、斬っておく故、隙を見て我が屋敷へ

決行は…次の満月の夜だ


葵:…あい、わかりんした


――――――――――――――――――――――――――――


ウメ:(NA)

遊郭に好き好んでやって来る女などそうそうおりませぬ

ひどい貧乏か、親のこさえた借金のカタか…

なんにせよ、口をつぐみたくなる理由がござんす

足抜け…つまりは遊郭から遊女が逃げ出すってぇことは、そんな様々な“理由”を先んじて金で解決した見世が損をすることになっちまう

だからこそ…見世は足抜けの可能性のある遊女をよくよく見張るのでありんす

  

葵:(NA)

最近わっちが源八様と良い仲なのは、ととさんもふんわりと気づいておるはず

だからこそ、足抜けとならば、情にほだされず用意周到に…

ありがたいことに源八様は外からの協力者になってくれますれば…

  

楼主:(NA)

さてさて…最近の葵はまた顔つきが変わったようだ

あれは、したたかに、何かを企む狐の顔だ…

   

葵:(NA)

ため込んだ床花(とこばな)を隠す場所などいくらでもある…

遣手(やりて)ばばあも、ウメすらもわっちの金子は見つけられまい

※遣手ばばあ:引退した遊女で、現遊女がおかしなことをしていないか見張る役目の女中


楼主:(NA)

さすがは狐、容易にはしっぽを見せんか

ならば座して待とう…この廓(くるわ)という盤を操る棋士(ぎし)として


葵:それは客に出す食事の盆かい?あぁ…その盆は私が持っていこうじゃないか

なぁに、忙しいんだからお互い様だよ


楼主:何…!?葵が消えただと!?


葵:(NA)

見世も始まり、皆バタバタさ

源八様から頂いた古着を纏(まと)って、こうして盆を持ちやれば

給仕の下働きにしか見えぬだろう

後はどうどうとしてれば…この通りさね

誰もわっちが葵太夫だとは気づけまい

さすがは源八様、斬れているとは思えぬほどの美しさ…

後は源八様の屋敷を目指すのみ…


楼主:(NA)

やってくれる…だが、その程度では逃げおおせるほど、この廓(くるわ)の盤上はたやすくないぞ

もとよりこの場は詰将棋…やれ若い衆(しゅ)に一枚文を持たせて走らすのみよ


葵:…あれは、奉行所の…!?

なぜ、源八様のお屋敷に奉行所の者がおるのか…!?

源八様…!?源八様ぁ!!


(奉行所に連行される源八、やって来た葵に気づく)


源八:葵…!?…なんという時に…!!


葵:源八様…!


源八:…すまぬ…葵…

…某こそが、この江戸の町にて人を斬りて回る悪鬼羅刹(あっきらせつ)よ!

もはや隠せぬのならば…そこの町娘も斬り伏せてくれよう!!


葵:源八様…!?どうして…!!


源八:我に斬られたくなくば踵(きびす)を返し逃げおおせてみせよ!!

フハハハハ…は~はっはっはっはっ!!


ウメ:(NA)

奉行所は源八様が辻斬りの下手人であることを掴んでいたのでした

源八様は捕縛の瞬間のみ抵抗したものの、その後は全ての罪を認められ

首斬りで名をはせた源八様が、首を斬られてその命を散らすという

悲惨な末路をたどったのでござんした

姐さんは、町をフラフラと歩いているところを店の者に見つかり

廓(くるわ)へと連れ戻されてしまいんした…


ウメ:姐さん…飯の時間でござんす…


葵:あぁ…食べとくよ…置いといておくんなまし…


ウメ:そう言って…昨日も一昨日(おととい)も食べてないじゃないすか…!

死んじまいます…!


葵:死ぬ…死ぬか…はは、そりゃあいい…傑作じゃないか…


ウメ:姐さん…


ウメ:(NA)

葵姐さんはすっかり落ち込んでしまい、まるで死者のように虚ろな顔で

毎日を過ごしておいでやした…


ウメ:本当にこれで良かったんでござんしょうか…


楼主:何がだい?


ウメ:葵姐さんが恋に溺れ…身を滅ぼすのではと思い…わっちは姐さんのことを御内所さんに伝えておりんしたが…今の姐さんは死んだも同然だ…


楼主:ふむ…つまるところ何が言いたのかな


ウメ:源八様のことを奉行所にお伝えしたのは…御内所さんでありんしょう!!

 

楼主:…はて、何のことやら?

   

ウメ:姐さんの話をこっそり聞けたのはわっちだけ…そのわっちが話の中身を伝えているのは御内所だけ…と、来ればおのずと答えはわかりんす…!


楼主:まあ、ウメでもわかる問答ではあるな

その通り…わしが葵という稼ぎ頭をそう簡単に手放すわけあるまいよ


ウメ:ほんなら…やっぱり…


楼主:葵ほどの花魁が惚れこむのならば、ほだされぬ男はおるまいて

何としてでも金を集めてくると思っていた

だから、身請け話をでっち上げ、二人をあおったのだ

   

ウメ:な…そこまで…そこまでして…


楼主:効果は絶大…奥田の跡継ぎは金を集めるべく、人斬りまで始めたではないか…なんとも滑稽な話よ

ウメ…お前が二人の話を逐次わしに伝えておった故準備はたやすかった

奉行所のものに、金を握らせ捕縛を待たせていたのよ…絞れるだけ金を絞ってから…とな


ウメ:その間に斬られた者達は…?


楼主:わしが知るわけなかろうて


ウメ:なんと恐ろしや…修羅の所業…下衆(ゲス)の極みではありませぬか…!!


楼主:お陰で奥田からは相当の金子を得られた…足抜け後の資金とするため

葵は他の客からもかなりの床花も得ておっただろう…

葵とて、うつけではない…一時の儚い恋だと思い、いずれまた働きだす

もう二度と馬鹿な恋に身を落とすようにはならんだろうしな!


ウメ:…大うつけはあんただ

それをわっちが姐さんに伝えれば、姐さんはもう見世の言うことなどまともに聴きやしませぬ!!


楼主:言えるのかい、お前に…お前も立派な共犯であろう?

ウメ…お前のしたことは葵への裏切りに他ならん

そうであろう!


ウメ:それ…は…!!


葵:…それ以上は口を閉じなんし


(物陰より葵が姿を現す)


ウメ:…っ!?葵…姐さん…


楼主:お前っ…!なぜここに…


葵:口を閉じろと言っておるのだ!!


ウメ:んぐっ…!?


葵:さて、ととさんや…

お前さんの悪だくみ…話は全て聞かせてもらいんしたえ


楼主:なぜ…ここにお前がここいる…?

張り見世(はりみせ)に出てるはず…

※張り見世:窓などから姿を見せ、外の客にアピールする場所


葵:ウメはもう…とうにととさんを裏切っておりまする


楼主:…何?


葵:ここでととさんと話をすること…先んじてわっちに打ち明けてくれておりますれば…もうすでに、ウメへの怒りはございませぬ…しかし、しかししかし!!


楼主:…あ、葵、待て…話を…


葵;黙りんす!!話すことなどありはしない!!

わっちとてわかっている…客との恋も足抜けもご法度だ…だが…わっちと源八様を弄び…無益な死人を増やし…ウメを利用し傷つけた…!!

許すことなどできはせぬ!!


楼主:何をする気だ…お前に何ができる!!


葵:こいつがありますれば


楼主:その家紋…奥田の脇差(わきざし)…!?

なぜお前がそんなものを持っておる!?


葵:わっちが源八様より預かっておりました…

これさえあれば、源八様がおらずとも使用人はわっちを迎え入れるだろうと…

ふふ、美しい切っ先でありんしょう…?源八様でなくとも、柔い肌くらいならば切り裂くことなど容易い…

 

楼主:ま、待て…!!やめろ…!!


葵:…ウメ、わっちはお主を恨みはせぬ、源八様も咎人(とがびと)…それを愛したわっちも咎人…咎人は咎人らしく最期を迎えまする

うぐっ…!?

(葵は自らの腹に、脇差を突き立てる)


楼主:なっ…!何をするんだ!!


ウメ:姐さん!!


葵;ぐるなぁあ!!ぐぅううああああ!!!

この刃…その首に突き立てられたくはないだろう!!ぐ…ごはあぁ…ぬうう…!!


ウメ:姐さんダメだ!死んじまう!!


葵:…この世は…まこと地獄そのもの…ならば…源八様とはまことの地獄で結ばれまする

ぐうぅう…割腹の痛みも愛する者を思う証…!!!

ととさん…地獄でまた…会いや…しょう…


ウメ:姐さん…!姐さぁん!!!


楼主:大馬鹿者め…!クソ…クソっ!!


ウメ:…姐さん…どうして…どうしてぇ…


楼主:ええい泣くな!!葵はまだ使えた…使えたはずなのだ!!こんなことは合ってはならん…!埋め合わせをせねば…なぜこのような…おい!ウメ!そこを片付けておけ!!

…ウメ!返事をしろ!おい…ウメ…?…ぐぉ!!

(ウメは脇差を楼主の腹に突き立てる)


楼主:ぐはぁっ!!…ウメ…どうして…こんな


ウメ:…姐さんを殺したのはわっちらだ…わっちらも…共に地獄へ落ちるが筋でありんしょう?


楼主:かはっ…馬鹿な…馬鹿なことをっ!!がはっ…嫌だ…死に…死にたく…


ウメ;姐さん…すぐにそちらへ…

許してくれとは言いやせん…ただ…償いの機会をば…

すいませぬ…葵姐…さ、ま…





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