戦略的モラトリアム㉔

数日後、僕はまたバイトをしていた。深夜バイトは金がいい代わりに次の日がキツイっていう欠点もあった。
今日は二人一組の仕事。誰が僕のパートナーになるのか現場に行くまで分からない。一体誰だろう。現場に行くと所謂好青年の象徴がそこにいた。
「どうも、はじめまして。」
初顔合わせの新人らしい。一緒に仕事をしていく上で、別にルックスは関係ないがちょっとした敗北感が僕の中にあったことは言うまでもない。
数時間後、休憩の時間である。
「何してる人なの?」
珍しく僕のほうから声をかけた。
「あっ、大学生です。」
キッと彼をにらんだ。輪をかけてかっこ悪いんだけど、嫉妬心と劣等感から出た、それだったと思う。
「へえ、学校はどうよ?」
漠然とした質問で大学の風味だけでも味わいたかったんだ。
「そうっすね~。バイトとサークルが忙しくてきついっすね。」
あっけらかんとする僕。

……

「勉強のほうはどう?」
とにかく、大学の主たる目的のほうに興味があったので、またもや探りを入れた。
「最近は前期試験がやっと終わってもう休みですよ。」
「前期試験は難しかった?」
「友達からノート借りて、これをコピッて何とか(苦笑)。」
頭を掻きながら話す彼。

……微笑。

魅力的!僕にぴったりだ。思ったとおりモラトリアム人間の巣窟としてはこの上ない環境。僕はそこに生きる糧を見出すことができるはずさ。
ぎらついた目とシメシメと顎をなでる手。僕はより一層大学への憧れを強くした。

夏に僕はまたモラトリアムの階段を一つ上った。勢いよく駆け上がったのではないけれど、僕の大学入学欲求は邪な動機を礎に、より強固なものへと変わっていったのである。

バリッ!

何かがひっぺがれる音が聞こえる。
僕はまた一歩、社会と乖離した。

「さあ、明日は一日勉強して、あさっての模試に備えるかあ!」

短い夏季休暇は、ほんの少しの人間味とバイトの忙しさであっという間に走り去っていった。寮には喧騒が戻り、各部屋に明かりが戻っていった。灯篭と同じように寮は煌々と夜を照らし出していた。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》