恋と寒空⑥
恋愛小説『マイ・ブラウン・シュガー』
【第三十話】
(ヒロ)
コート、ネックウォーマー、手袋。
これだけ防寒装備を整えても、
自転車を乗る人間の体感温度は著しく低い。
こんな時に、俺は俺が人間であることを肉体で感じる。
それ以外では”俺とは一体、何なのだろう”と常に思っていた。
おつかれ~とニヤリ顔で言うタクトと別れる。
からかいやがって。そんなに顔から滲み出ているのか?
一人になり、いつもなら一刻も早くこの寒さから逃れたいはずの道で俺は彼女と一緒にここを歩いたあの日を思い出してしまう。できるだけゆっくりと漕ぎながら思い出す記憶の中にいる彼女は、俺の心を捕まえて離さなかった。
好きだ。
言ってしまえたらいいのに。
俺が普通に過ごす男子高校生ならよかった。
生きてはいけないけど死ぬ権利もない俺は、本当はこの人生に何も求めてはいけない。人を恋しく思うことをしてはいけないのだから。
だから一生この気持ちを隠し続けることを心に誓い、今の距離感のままできるだけ長くそばにいれることを願ったけれど、感情は想像以上に人を動かしてしまうことをこの時の俺は、まだ、知らなかった。
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