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現実世界には経験値のゲージがない


2024年5月8日(水)朝の6:00になりました。

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ。

どうも、高倉大希です。




敵を倒すと、経験値が貯まります。

はぐれた敵を倒すと、より多くの経験値が貯まります。


経験値のゲージがいっぱいになると、レベルがひとつ上がります。

レベルが上がると、できることも多くなります。


これが、ゲームの世界の常識です。

残念ながら、現実世界ではなかなかそうもいきません。


このところ僕が考えているのは、「人間はあらゆるものをゲーム化するけれど、他方でルールは必ず変わるし破られるので、それを絶対化すると長期手に的には負ける」ということです。

養老孟司、茂木健一郎、東浩紀(2023)「日本の歪み」講談社


そもそも現実世界には、経験値のゲージがありません。

あとどれくらい経験値を貯めればよいのかは、目に見えてわからないわけです。


だからこそ、やきもきします。

頑張れば頑張るほど、不安な気持ちが大きくなります。


自分には向いていないのかもしれないと、疑いを抱きはじめます。

こうして、ひとりまたひとりと前線から離れていくわけです。


反復すれば何だってうまくなることを、私たちはよく知っています。しかし、疲れたとか、飽きたとか、何やかんやと理由をつけて、私たちは反復を止めてしまいます。もし私たちが疲れも飽きも知らずに繰り返せることがあれば、それは才能や天職といってもいいものでしょう。

玉城真一郎(2019)『「ついやってしまう」体験のつくりかた』ダイヤモンド社


変わりたい。

そう強く望む人ほど、一発ドカンを求めます。


小さな変化には、目を向けず。

大きな変化がないことに、焦りを覚えはじめます。


そしてすぐに見限って、次の一発ドカンへと簡単にシフトチェンジします。

残念ながら、アメを舐めてレベルが上がるなんてことは現実世界にはありません。


つまり、才能というのは、「ご褒美を見つけられる力」のことなんじゃないだろうかと。「なしとげること」よりも、「なしとげたことに対して快感を感じられること」が才能なんじゃないかと思うんですよね。いってみれば、ご褒美を見つけられる、「ご褒美発見回路」のようなものが開いている人。

ほぼ日刊イトイ新聞(2019)「岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた」ほぼ日


ゲージが見えない分、不安の中に滞在しなければなりません。

わかりやすい変化を求めない、ある種の勇気が必要です。


note におけるスキは、典型的なゲージの例です。

スキがつかないという事実が、不安から逃れる理由になってくれます。


報酬をゲージに求めた時点で、その先には苦しみしかありません。

現実世界には、ゲージなんてないのです。






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