ギー 【ベラゴアルドクロニクル】
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ベラゴアルド年代記 -序
…さて、何から話そうかの。
モレンドの要塞での攻防。妖精たちの小さな冒険。旅芸人たちの不可思議な旅。ガンガァクスの魔窟、魔兵と戦士達というのはどうかな?すべては竜の仔の物語に繫がる話じゃ。おお、そうじゃ、そうじゃ、これが良いじゃろう。小鬼と野を駆ける者の物語。この世界を知るには調度よい話じゃ。
どの物語からでもよい。一度、覘いたほうが話は早かろう。少しはベラゴアルドの世界はわかるじゃろう。
込めたるは祈りにあらず |終話|
別たれる辻
距離を詰めず、互いは静かに対峙する。
おびき寄せられたという時点で不利、まして時間を掛けた戦いほど悪手となるのも承知しつつ、アギレラは改めて相手を観察する。
額から血を流す眇の男。対のダガーを正手と逆手で持つ構えは、地走りの暗殺術に通ずる。互いに両手持ちだが、これ以上の狭所に持ち込まれれば、おれの直剣はいささか分が悪い。加えてあの形状、モミの枝葉によく似た乱雑な刃からして、あ
込めたるは祈りにあらず |十一|
街道にて
街道を進むにつれ風向きが変わる。草木や土の匂いとは別で、前にも感じた妙な生臭さが混じり、アギレラの口数は明らかに減る。
「ここらで別れる」
街道も広がり人通りが多くなると、頃合いを見て立ち止まる。彼はずっと迷っていた決断をレモロに告げる。
「お前はこのまま街道を西へ、二つの道が重なったら北だ。ナロンには報せを送っておく、上手くいけば辻道で迎えがくるかもしれん」道の先に霞む見張
込めたるは祈りにあらず |十|
日暮れを待たず
レモロを連れ、アギレラは山脈を越える。念のためポランカも避け、人影が見えればなるべく別の通路を辿り、時間をかけて北側に出る。
街道まで出れば、さらに人通りも多くなるがひとまずは一段落ともいえる。旅の街道と農村地帯では人の性質はまるで違う。皆が皆、見知らぬ他人、どこからか訪れどこかへ去っていく余所者で、互いに会釈程度の挨拶はすれど適度の距離感を保ち、過度の干渉を避けるのが作法と
込めたるは祈りにあらず |九|
判断
アギレラは眠り続けるレモロを抱いて山脈を登り、見晴らしの良い平地で野営を張る。
キャリコらとは、孤児院の先の坂道で別れた。スミッチへの後始末は二人に任せ、ひとまず彼がレモロを引き取る運びとなったのだ。
金鷹までの猶予。キャリコが提案した折衷案はそれだった。三つの季節が過ぎるまでには、必ずアムストリスモを説得し、レモロを引き取らせる。そう胸を張るキャリコをひとまず信じ、アギレラは孤児
込めたるは祈りにあらず |八|
生き残り
ジャポが行う地母神教の弔いを待ち、準備が整い次第、アギレラは部屋に落ちていた古い燭台に火を灯す。油を撒いた屋敷にそれを投げ込む直前に、彼は何かを察知し、慌てて火を吹き消す。
「まさか!」自分を責めるふうに、ぴしゃりとうなじを叩く。「方々に気を散らせすぎた」苛立ちを隠さず、大股で部屋の隅へ進んでいく。「まったく、火薬庫のじじいがいなくて助かった…」倒れた戸棚をどかし、破壊された床の穴
込めたるは祈りにあらず |七|
幕間の憤懣
「ちくしょうめ」
アギレラは二度目の悪態を吐く。最期にかち割った怪物の頭蓋から手斧を抜き取り、落ちていた布切れで直剣の血糊を拭き取る。退治した怪物どもはすでに骨と化している。ただひとつ、女の似姿の怪物を残して。
「終わりました …よね?」
玄関先で三角帽子の男が顔を出す。部屋中に散乱する臓物と血溜まりを避け、つま先立ちで慎重に歩んで辿りつく。
「ねえアギレラ殿、終わったんで
込めたるは祈りにあらず |六|
粛清
怪物は立ち上がり、両腕を広げる。ドレスは破れ、肥大した肉体が露出する。緑色の二の腕から肉腫が迫り出し、血管だらけの翼膜が広がる。
「イィィィィィィ!!」全身で叫び、威嚇する。
威嚇には様々な動機が伴う。この場合は逃亡の前提行動。つまりその場から飛び去ろうとしている。飛び去り、森へ隠れようと目論んでいる。迫り来る鈍色の塊、嵐に乗じてやってくる驚異。モニーンには見えている。見えていて打
込めたるは祈りにあらず |五|
宴
振動と衝撃がレモロに覚醒を促す。
はじめは誰か、何かの叫び声をぼんやりと聞いている。外では激しく風が鳴り、本格的な赤鷺の嵐が今まさにやってくる。それはまるで、そこらじゅうで巨人が踊り狂っているかのよう。
屋根の補強は大丈夫だろうか?
ふと、そんなことを考える。見てこなくちゃ。見てこなくちゃ叱られる。
朦朧とした意識で瞼を開く。
定まらぬ視線で知った子と目が合う。その子はかな
込めたるは祈りにあらず |四|
嵐の訪れ
その日もレモロは野良仕事を終え、孤児院へ戻る畦道を歩く。近頃のイーゴーの背中は、昔に戻ったかのような穏やかさがある。戻ったモニーンと、欠けた身体を取り戻した子どもたちが、彼を上機嫌にさせているのだ。
すると前方から男がこちらに向かってくるのが見える。男は変わった出で立ちをしている。目深に被る短く折れた三角帽子が特徴的だ。狩人なのか、旅人なのか、いづれにしろここいらの農夫ではなさそ
込めたるは祈りにあらず |三|
些細な供物
レモロは懸命に働く。少しでも信頼を勝ち取ろうと躍起になる。働きぶりが認められたのか、そのうちに野良作業を手伝うまでになり、外へ出歩く機会も多くなる。
作業を終え、二人荷馬車で帰る途中、時折、麓のスミッチ村の者とすれ違う。大概が農夫で、もちろん彼らは孤児院の存在も承知している。貧しさが無関心にさせるのか、子どもらにあまり関心を示さず、ただ挨拶を交わしてすれ違うだけのことが大半だが
込めたるは祈りにあらず |二|
咒婆の躾
ある朝、最年少のヒケアがいなくなった。ヒケアは足が魚のヒレのように変形しているので、ひとりで出歩けるはずはなかった。皆は首を傾げたが、レモロだけは真相を知っていた。
とはいえ、彼がそれを知ったのはまったくの偶然だ。ある日の夜更けに尿意で目醒め、ちびのヒケアを抱くイーゴーの姿を、廊下の角から隠れ見たのだ。
レモロがそのことを皆に言わなかったのは、イーゴーの様子がいつもに増して異様
込めたるは祈りにあらず
ハースハートン大陸南、
ポランカの街から続く山脈沿い、
西の峰の麓にスミッチ村は位置する
ベラゴアルドのどの村でも同じように、貧しく閉鎖的ではあるが、
同じように争いは少なく、人々は良識を持ち、穏やかに暮らしている。
込めたるは祈りにあらず 一|
違い子たちの家
モニーンが死者の国へと旅立つと、イーゴーの人柄はすっかり変わってしまった。
しかしそれはほんの切欠に過ぎなかった。新たな世話
往ては戻らぬ旅路の果てに
—レムグレイド歴三百七年—
「最初はネル・ローっつう、でかい街だ。ん? フラバンジだよ。帝都アインハーから東。詳しく知る必要はねえ。あんな土地まで稼ぎに行く必要はねえ。おれ様はともかく、おめえらの脚じゃ三つは季節も過ぎちまう。魔物狩りならハースハートンでも事欠かねえ、だろ?」
「ともかくネル・ローだ。そこは帝都の東に位置するが、海を挟んでマルドゥーラ教団領からも近い。石の竜と女神様。重き淑女に