ギー  【ベラゴアルドクロニクル】

ベラゴアルドは在るのじゃよ。ワシの名はギー。歴史家、魔法使い、星占師、人でなし、裏切り…

ギー  【ベラゴアルドクロニクル】

ベラゴアルドは在るのじゃよ。ワシの名はギー。歴史家、魔法使い、星占師、人でなし、裏切り者、他にも山ほどあった。何とでも呼ぶがよかろう。大事なのは物語じゃ。物語こそが魔法なのじゃよ。 ※物語のなかにはセンシティブな表現も含まれております

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ベラゴアルド年代記 -序

…さて、何から話そうかの。  モレンドの要塞での攻防。妖精たちの小さな冒険。旅芸人たちの不可思議な旅。ガンガァクスの魔窟、魔兵と戦士達というのはどうかな?すべて…

込めたるは祈りにあらず |終話|

別たれる辻  距離を詰めず、互いは静かに対峙する。  おびき寄せられたという時点で不利、まして時間を掛けた戦いほど悪手となるのも承知しつつ、アギレラは改めて相手…

込めたるは祈りにあらず |十一|

街道にて  街道を進むにつれ風向きが変わる。草木や土の匂いとは別で、前にも感じた妙な生臭さが混じり、アギレラの口数は明らかに減る。 「ここらで別れる」  街道も…

込めたるは祈りにあらず |十|

日暮れを待たず  レモロを連れ、アギレラは山脈を越える。念のためポランカも避け、人影が見えればなるべく別の通路を辿り、時間をかけて北側に出る。  街道まで出れば…

込めたるは祈りにあらず |九|

判断  アギレラは眠り続けるレモロを抱いて山脈を登り、見晴らしの良い平地で野営を張る。  キャリコらとは、孤児院の先の坂道で別れた。スミッチへの後始末は二人に任…

込めたるは祈りにあらず |八|

生き残り  ジャポが行う地母神教の弔いを待ち、準備が整い次第、アギレラは部屋に落ちていた古い燭台に火を灯す。油を撒いた屋敷にそれを投げ込む直前に、彼は何かを察知…

込めたるは祈りにあらず |七|

幕間の憤懣 「ちくしょうめ」  アギレラは二度目の悪態を吐く。最期にかち割った怪物の頭蓋から手斧を抜き取り、落ちていた布切れで直剣の血糊を拭き取る。退治した怪物…

込めたるは祈りにあらず |六|

粛清  怪物は立ち上がり、両腕を広げる。ドレスは破れ、肥大した肉体が露出する。緑色の二の腕から肉腫が迫り出し、血管だらけの翼膜が広がる。 「イィィィィィィ!!」…

込めたるは祈りにあらず |五|

宴  振動と衝撃がレモロに覚醒を促す。  はじめは誰か、何かの叫び声をぼんやりと聞いている。外では激しく風が鳴り、本格的な赤鷺の嵐が今まさにやってくる。それはま…

込めたるは祈りにあらず |四|

嵐の訪れ  その日もレモロは野良仕事を終え、孤児院へ戻る畦道を歩く。近頃のイーゴーの背中は、昔に戻ったかのような穏やかさがある。戻ったモニーンと、欠けた身体を取…

込めたるは祈りにあらず |三|

些細な供物  レモロは懸命に働く。少しでも信頼を勝ち取ろうと躍起になる。働きぶりが認められたのか、そのうちに野良作業を手伝うまでになり、外へ出歩く機会も多くなる…

込めたるは祈りにあらず |二|

咒婆の躾  ある朝、最年少のヒケアがいなくなった。ヒケアは足が魚のヒレのように変形しているので、ひとりで出歩けるはずはなかった。皆は首を傾げたが、レモロだけは真…

込めたるは祈りにあらず

ハースハートン大陸南、 ポランカの街から続く山脈沿い、 西の峰の麓にスミッチ村は位置する ベラゴアルドのどの村でも同じように、貧しく閉鎖的ではあるが、 同じように…

ただ鐘は鳴る

 レムグレイド大陸中心部、王都からレム・オル山脈を越えて南に進めば、聖鈴都市アルトルが見えてくる。そこはアーミラルダ原初教団の総本山である。住人達はおおむね裕福…

往ては戻らぬ旅路の果てに

—レムグレイド歴三百七年— 「最初はネル・ローっつう、でかい街だ。ん? フラバンジだよ。帝都アインハーから東。詳しく知る必要はねえ。あんな土地まで稼ぎに行く必要…

尊き身代

—レムグレイド歴三百二十一年、紫千鳥十八の月—  レムグレイド大陸北、港街ノマリナから南東に、チトマイオという小さな町がある。田舎でさしたる産業もないが、古くか…

ベラゴアルド年代記 -序

ベラゴアルド年代記 -序

…さて、何から話そうかの。

 モレンドの要塞での攻防。妖精たちの小さな冒険。旅芸人たちの不可思議な旅。ガンガァクスの魔窟、魔兵と戦士達というのはどうかな?すべては竜の仔の物語に繫がる話じゃ。おお、そうじゃ、そうじゃ、これが良いじゃろう。小鬼と野を駆ける者の物語。この世界を知るには調度よい話じゃ。

 どの物語からでもよい。一度、覘いたほうが話は早かろう。少しはベラゴアルドの世界はわかるじゃろう。

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込めたるは祈りにあらず |終話|

込めたるは祈りにあらず |終話|

別たれる辻

 距離を詰めず、互いは静かに対峙する。
 おびき寄せられたという時点で不利、まして時間を掛けた戦いほど悪手となるのも承知しつつ、アギレラは改めて相手を観察する。

 額から血を流す眇の男。対のダガーを正手と逆手で持つ構えは、地走りの暗殺術に通ずる。互いに両手持ちだが、これ以上の狭所に持ち込まれれば、おれの直剣はいささか分が悪い。加えてあの形状、モミの枝葉によく似た乱雑な刃からして、あ

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込めたるは祈りにあらず |十一|

込めたるは祈りにあらず |十一|

街道にて

 街道を進むにつれ風向きが変わる。草木や土の匂いとは別で、前にも感じた妙な生臭さが混じり、アギレラの口数は明らかに減る。

「ここらで別れる」

 街道も広がり人通りが多くなると、頃合いを見て立ち止まる。彼はずっと迷っていた決断をレモロに告げる。

「お前はこのまま街道を西へ、二つの道が重なったら北だ。ナロンには報せを送っておく、上手くいけば辻道で迎えがくるかもしれん」道の先に霞む見張

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込めたるは祈りにあらず |十|

込めたるは祈りにあらず |十|

日暮れを待たず

 レモロを連れ、アギレラは山脈を越える。念のためポランカも避け、人影が見えればなるべく別の通路を辿り、時間をかけて北側に出る。
 街道まで出れば、さらに人通りも多くなるがひとまずは一段落ともいえる。旅の街道と農村地帯では人の性質はまるで違う。皆が皆、見知らぬ他人、どこからか訪れどこかへ去っていく余所者で、互いに会釈程度の挨拶はすれど適度の距離感を保ち、過度の干渉を避けるのが作法と

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込めたるは祈りにあらず |九|

込めたるは祈りにあらず |九|

判断

 アギレラは眠り続けるレモロを抱いて山脈を登り、見晴らしの良い平地で野営を張る。

 キャリコらとは、孤児院の先の坂道で別れた。スミッチへの後始末は二人に任せ、ひとまず彼がレモロを引き取る運びとなったのだ。
 金鷹までの猶予。キャリコが提案した折衷案はそれだった。三つの季節が過ぎるまでには、必ずアムストリスモを説得し、レモロを引き取らせる。そう胸を張るキャリコをひとまず信じ、アギレラは孤児

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込めたるは祈りにあらず |八|

込めたるは祈りにあらず |八|

生き残り

 ジャポが行う地母神教の弔いを待ち、準備が整い次第、アギレラは部屋に落ちていた古い燭台に火を灯す。油を撒いた屋敷にそれを投げ込む直前に、彼は何かを察知し、慌てて火を吹き消す。

「まさか!」自分を責めるふうに、ぴしゃりとうなじを叩く。「方々に気を散らせすぎた」苛立ちを隠さず、大股で部屋の隅へ進んでいく。「まったく、火薬庫のじじいがいなくて助かった…」倒れた戸棚をどかし、破壊された床の穴

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込めたるは祈りにあらず |七|

込めたるは祈りにあらず |七|

幕間の憤懣

「ちくしょうめ」

 アギレラは二度目の悪態を吐く。最期にかち割った怪物の頭蓋から手斧を抜き取り、落ちていた布切れで直剣の血糊を拭き取る。退治した怪物どもはすでに骨と化している。ただひとつ、女の似姿の怪物を残して。

「終わりました …よね?」
 玄関先で三角帽子の男が顔を出す。部屋中に散乱する臓物と血溜まりを避け、つま先立ちで慎重に歩んで辿りつく。

「ねえアギレラ殿、終わったんで

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込めたるは祈りにあらず |六|

込めたるは祈りにあらず |六|

粛清

 怪物は立ち上がり、両腕を広げる。ドレスは破れ、肥大した肉体が露出する。緑色の二の腕から肉腫が迫り出し、血管だらけの翼膜が広がる。

「イィィィィィィ!!」全身で叫び、威嚇する。

 威嚇には様々な動機が伴う。この場合は逃亡の前提行動。つまりその場から飛び去ろうとしている。飛び去り、森へ隠れようと目論んでいる。迫り来る鈍色の塊、嵐に乗じてやってくる驚異。モニーンには見えている。見えていて打

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込めたるは祈りにあらず |五|

込めたるは祈りにあらず |五|



 振動と衝撃がレモロに覚醒を促す。
 はじめは誰か、何かの叫び声をぼんやりと聞いている。外では激しく風が鳴り、本格的な赤鷺の嵐が今まさにやってくる。それはまるで、そこらじゅうで巨人が踊り狂っているかのよう。

 屋根の補強は大丈夫だろうか?
 ふと、そんなことを考える。見てこなくちゃ。見てこなくちゃ叱られる。

 朦朧とした意識で瞼を開く。

 定まらぬ視線で知った子と目が合う。その子はかな

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込めたるは祈りにあらず |四|

込めたるは祈りにあらず |四|

嵐の訪れ

 その日もレモロは野良仕事を終え、孤児院へ戻る畦道を歩く。近頃のイーゴーの背中は、昔に戻ったかのような穏やかさがある。戻ったモニーンと、欠けた身体を取り戻した子どもたちが、彼を上機嫌にさせているのだ。

 すると前方から男がこちらに向かってくるのが見える。男は変わった出で立ちをしている。目深に被る短く折れた三角帽子が特徴的だ。狩人なのか、旅人なのか、いづれにしろここいらの農夫ではなさそ

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込めたるは祈りにあらず |三|

込めたるは祈りにあらず |三|

些細な供物

 レモロは懸命に働く。少しでも信頼を勝ち取ろうと躍起になる。働きぶりが認められたのか、そのうちに野良作業を手伝うまでになり、外へ出歩く機会も多くなる。

 作業を終え、二人荷馬車で帰る途中、時折、麓のスミッチ村の者とすれ違う。大概が農夫で、もちろん彼らは孤児院の存在も承知している。貧しさが無関心にさせるのか、子どもらにあまり関心を示さず、ただ挨拶を交わしてすれ違うだけのことが大半だが

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込めたるは祈りにあらず |二|

込めたるは祈りにあらず |二|

咒婆の躾

 ある朝、最年少のヒケアがいなくなった。ヒケアは足が魚のヒレのように変形しているので、ひとりで出歩けるはずはなかった。皆は首を傾げたが、レモロだけは真相を知っていた。
 とはいえ、彼がそれを知ったのはまったくの偶然だ。ある日の夜更けに尿意で目醒め、ちびのヒケアを抱くイーゴーの姿を、廊下の角から隠れ見たのだ。

 レモロがそのことを皆に言わなかったのは、イーゴーの様子がいつもに増して異様

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込めたるは祈りにあらず

込めたるは祈りにあらず

ハースハートン大陸南、
ポランカの街から続く山脈沿い、
西の峰の麓にスミッチ村は位置する

ベラゴアルドのどの村でも同じように、貧しく閉鎖的ではあるが、
同じように争いは少なく、人々は良識を持ち、穏やかに暮らしている。

込めたるは祈りにあらず 一|

違い子たちの家

 モニーンが死者の国へと旅立つと、イーゴーの人柄はすっかり変わってしまった。
 しかしそれはほんの切欠に過ぎなかった。新たな世話

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ただ鐘は鳴る

ただ鐘は鳴る

 レムグレイド大陸中心部、王都からレム・オル山脈を越えて南に進めば、聖鈴都市アルトルが見えてくる。そこはアーミラルダ原初教団の総本山である。住人達はおおむね裕福な信徒であり、その潤沢な財産に加え、敬虔な巡礼者の支援により独自の文化を築く大宗教都市である。

 アルトルに於いては、王国法に先立つ価値観で経典こそが尊ばれる。各地で宗派の分れる地母神崇拝において、地、王、法の三位主流の王都とは違い、アル

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往ては戻らぬ旅路の果てに

往ては戻らぬ旅路の果てに

—レムグレイド歴三百七年—

「最初はネル・ローっつう、でかい街だ。ん? フラバンジだよ。帝都アインハーから東。詳しく知る必要はねえ。あんな土地まで稼ぎに行く必要はねえ。おれ様はともかく、おめえらの脚じゃ三つは季節も過ぎちまう。魔物狩りならハースハートンでも事欠かねえ、だろ?」

「ともかくネル・ローだ。そこは帝都の東に位置するが、海を挟んでマルドゥーラ教団領からも近い。石の竜と女神様。重き淑女に

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尊き身代

尊き身代

—レムグレイド歴三百二十一年、紫千鳥十八の月—

 レムグレイド大陸北、港街ノマリナから南東に、チトマイオという小さな町がある。田舎でさしたる産業もないが、古くから王侯貴族たちの別荘地として栄え、温暖な気候と安定した治安を保ち、何より魔物が少ない土地である。

 そんなチトマイオをガレリアン・ソレルが訪れたのは、レムグレイド王家の一端を担う大家、ヴァルデミリ家による依頼に応じるためである。

 街

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