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BGM contes

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音楽に触発されて生まれたコント。もしくは情景素描。
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記事一覧

BGM conte vol.19《四角革命》

BGM conte vol.19《四角革命》

運転するオジサンの横顔に街の光が張りついて七色に染まる。七色のオジサンを見ているとワタシはオジサンのことが心の底から好きなのかもしれないと思えてくる。愛してるのかも。

「なに」
オジサンは前を向いたまま訊く。零時を回った。トンネルを出たとたん渋滞にハマってなかなか抜け出せない。二台の深夜バスに二車線とも前を塞がれてオジサンは舌打ちする。カークーラーがちょっと寒い。
「オジサンは生まれる前は五十五

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BGM conte vol.18 《Do you want to marry me》

BGM conte vol.18 《Do you want to marry me》

オヤジはヤクザだったんだ。
お袋は顔も知らねぇ。
ところでよぉ、オレと結婚しねぇかって。

My father was a gangster
オヤジはヤクザだったんだ
I never knew my mom
お袋は顔も知らねぇ
Anyway, do you want to marry me?
ところでよぉ、オレと結婚しねぇかって

When I drink too much whiskey
ウヰス

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BGM conte vol.17 《YAKITORI》

BGM conte vol.17 《YAKITORI》

たまにヤキトリ食べたくなるのよ。

あんたとさ。

まず匂いに誘われて、遠くでアセチレン灯の下、もうもうと煙の上がってるの見るなんか、もうたまらないのよね。そんなわけで、仕事帰りに駅前の鳥屋の前を通るたびにヤキトリがむしょうに食べたくなるんだけど、アラフォー女がおひとり様ってのもなんだかだし、それにあんたのことがさ、どうしても思い出されちゃうんだよね。カウンターに座って丸い背中を外に晒してさ、昔は

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BGM conte vol.16 《夏の終りのハーモニー》

BGM conte vol.16 《夏の終りのハーモニー》

会いたい。
車出して。

いわれて拾ったのが二十三時過ぎ。
高速は程よく空いて、車は快適に走る。カーラジオはお決まりのJ-WAVE。気づまりな二人にはちょっと悲しすぎるような、アイルランドのブルースを特集している。いつか雨滴がフロントガラスをぽつぽつ叩いて、左に右に流れていく。もう一時間とふたりに会話はなかった。

窓を閉めていても車内に潮の香りが漂い出した。車はいつか思いついてお台場を目指してい

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BGM conte vol.15 『天体観測』

BGM conte vol.15 『天体観測』

小惑星が地球に接近しているらしい。

ひょっとすると地球に衝突するかもしれない。

世界は騒然となった。

だって、それが衝突するかもしれないと世界が知ったのは、ほんの数日前だったのだから。世界中の優秀な科学者たちは、いったいなにをしていたのだろう。しかし今更彼らを責めたところで始まらない。もっと前から知らされたところで、僕ら人類になすすべなどなかったのだから。地球でおそらく一番賢いとされる人物が

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BGM conte vol.14 『ばらの花×ネイティブダンサー』

BGM conte vol.14 『ばらの花×ネイティブダンサー』

そのモーパッサンの青い布張りの初版本の奥付には、大正二年とあり、西暦に直せば1913年である。左下の余白には見知らぬ名が毛筆の可憐な字で小さく書かれてあった。

秋冬の連休の中日などにふと思い立って実家に顔を出すと、死んだ父の書斎に立ち入って、書棚からめぼしいものを引っ張り出してきては大時代風のカビ臭い安楽椅子に身を埋めながら読むとはなしにページを繰るうち、いつしか寝入ってしまう。そんな日は目を覚

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BGM conte vol.13 《Baby Alone in Babylone》

BGM conte vol.13 《Baby Alone in Babylone》

また出たって言うよ。
誰なんだろうね。
なんなんだろうね。

街灯のあかりの届かぬたとえば植え込みの影に、細くて小さな男たちがしゃがみ込んで鳩首する。声をひそめて噂しあっている。ときおり口をふさいでひっひと淫靡な笑いを漏らす。彼らのすぐかたわらに酔漢どもは嘔吐して、饐えた匂いがあたりに立ち込める。ひとたびミーアキャットよろしく面を上げれば、かなたに聳える光の街。不夜城。

すすきの、国分町、歌舞伎

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BGM conte vol.12 『カラーフィルムを忘れたのね』

BGM conte vol.12 『カラーフィルムを忘れたのね』

「どうしたんだよ、急に帰るだなんて」
 テントを張る手を休めずにぼくは言った。せっかくの行楽気分に水を差される思いだった。ハナは、また始まったと呆れ顔してミヒャエルを仰ぎ見た。彼女の手には、ナップザックから取り出されたステンレスのフォークやらスプーンやらナイフやらが何本と握られてあって、夏の陽光を贅沢に散らしていた。
 ミシャーはしばしためらったあとで言葉を継いだ。
「いやね、忘れ物をしちゃったん

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BGM conte vol.11 《うっせぇわ》

BGM conte vol.11 《うっせぇわ》

ご飯も残しちゃうんだよな。嫁の作るご飯はとても美味しいんだけど、もうぜんぶは食べられなくなっちゃった。量がちょっと多いんじゃないかって、苦言でもないんだけどそう言ったら、一日三食にしたらどうですって、まったく、どういうことかね。

自分では念入りにお尻拭いてるつもりなんだけど、なんかパンツ、いつも汚しちゃうんだよね。あれかな、オナラすると中身がちょっと出ちゃうのかな。とまれ、この頃では乾いたオナラ

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BGM conte vol.10 《N.E.O.》

BGM conte vol.10 《N.E.O.》

 中東某国には王子と呼ばれる人たちが複数いて、誰にも王位継承権のあることから、水面下ではそれはそれは壮絶な足の引っ張り合いが繰り広げられている。彼らは私設の暗殺部隊を各自所有しており、少しでも油断すれば拉致され切り刻まれて下水溝に流されるなんてことにもなりかねない。笑顔で握手を交わしながら、後ろに回した手に匕首が握られてるなんてのは、だから日常茶飯なのである。

 遊び方もまたド派手で、鷹狩りに凝

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BGM conte vol.9 《Something》

BGM conte vol.9 《Something》

「あの、君は……素敵だね。なんというのかな、なにか、あるんだよね。たとえばその歩き方とか……」
 冷たくされても彼はどこ吹く風で、またじっと物陰に隠れて女の子たちの集団をひとしきり観察すると、ふらふらっと出て行って、そのなかの一人に声をかける。
「君は、控えめで、みんなに話を合わせる感じだけど、遠慮はいらないんじゃないかな。とっても魅力的だよ、顔がいいとか、スタイルがいいとか、そんなんじゃなくて、

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BGM conte vol.8 《黄昏のビギン》

BGM conte vol.8 《黄昏のビギン》

「あら、コウさん。どないしたん、こんなとこで」
「……サワさんこそ、なにしてん」
「あとで使いが行くからって、おばあちゃんが。庚申さまの辻で待ってなって」
「ぼくはじいちゃんに、母ちゃんが庚申様のところで待ってるから、傘持ってってやりぃって」
「なんで、おじいちゃん、コウさんのお母さんが辻で待ってるってわかるんやろ」
「それやがな。変やなとは思うたんやけど、じいちゃん最近耄碌しとるし、変に逆らうと

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BGM conte vol.7 «それはスポットライトではない»

BGM conte vol.7 «それはスポットライトではない»

新宿といえばロラン・バルトもフレディ・マーキュリーもこぞって二丁目に日参したものだがいまや思い出横丁もゴールデン街も外国人の溜まり場のようになっていてとりわけヨーロッパの男どもはゴールデン街がお気に召したようだがそれは安い酒が飲めるからで安い酒のあるところには安い女が必ずいるもので日本人の男が行ってもお呼びでないよの顔されてすこぶるバツが悪い。

向こうは見透かされるのを嫌がるようだが安い女でもい

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BGM conte vol.6 «We’re All Alone»

BGM conte vol.6 «We’re All Alone»

 同期会の二次会で、妻の命日になにをするのかと聞かれて、独り静かに過ごすさと答えた轡木だった。

 しかしじっさいは、独り静かに過ごすどころではなかった。三人の子どもたちは銘々の子らを、つまり孫たちを引き連れて前日から轡木の隠居先に押しかけ準備に取り掛かり、当日は昼過ぎから盛大に会食した。轡木の隠居先は海水浴場にほど近く、プール付きとはさすがにいかないが、広い庭もあった。そこに皆が集ってバーベキュ

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