見出し画像

うつろの森の騎士

前作:『土の遺跡・深』


 なあアンタ、よそから来たんだろう? エールを飲みながら俺の話を聞いちゃくれねえか? 何、退屈しのぎだよ。気が進まないなら止めるが。おお、そうかい? じゃあ話をしよう。
 うつろの森と呼ばれる場所がある。そこは俺の家からそう遠くなく、馴染みのある森で幼い頃にはよく近所の悪ガキ同士で連れ立ったものだ。亡霊が出るとか泣き女がいるとかそういう噂が絶えない場所で、暇そうな貴族の息子どももよく肝試しに来ていた。俺たちはそう言う頭の軽そうな連中が来ては協力して脅かした。何故って、それが最高の遊びだったのさ。俺たちにとっては。
 そうやって遊んで暮らして俺たちは大人になり、貴族の息子どもと同じように酒を飲んで馬鹿騒ぎするだけの若者になった。仕事の手伝いもしないで喋ってはしゃいで飲み明かす。朝方に帰れば母親に怒られケツを箒で叩かれる。
 そんな頃だ。うつろの森の向こうから旅人がやって来て、酒場に慌てて駆け込んできた。
「森の中に亡霊がいる!」
びっくりした。だってその悪ふざけをしていたのはこの辺では俺たちだけだったし、もうその遊びはとっくに止めていた。それにその時、悪ガキ仲間は全員酒場にいたんだ。みんなで顔を見合わせた。
「そんなものいる訳ないよ」
「そうさ。きっと村の子供がやったんだ」
「いいや、確かに見た! 騎士の格好をしていたんだ! 間違いない」
旅人は自分の見たものを信じて疑わなかったし、村人は彼を嘲笑った。旅人は二日もしないうちに旅立ってしまって、俺たちはその亡霊の詳しい話を聞き損ねた。そこから近いうちに話が転がれば面白かったんだけど、残念。その後特に何もなかったんだ。
 ちょっと待った。けど、話は終わらない。続きがあるんだ。そう、つい何年か前のことさ。若者だった俺がすっかり落ち着いて、隣町のターラと結婚して子供が三人に増えてからずっと経ったのに、まさか本当に亡霊に出会ってしまったんだ。嘘じゃない!
 俺はその日うつろの森を通って市場から木材を抱えて戻るところだった。夜も更けると森は鬱蒼とした雰囲気をさらに強くして一段と不気味だった。ああ、早く帰ってターラの作ったチーズ粥を食いたいなと考えていたんだ。バサバサーッてカラスが突然飛んで行った。ただでさえ不気味なのに俺はそりゃもう驚いたんだ。もちろんロバだって驚いた。でももっと驚いたのは、カラスが飛び立った樹の近くに黒い甲冑の騎士がぼうっと立っていたこと。彼は、いや彼女かもしれない。騎士は黒い炎を身体に纏っていてゴウゴウと燃えていたんだ。でも平気で立ってる。そしてそいつは泣いていたんだ。まるで世界の終わりから来たような声で。俺は素っ頓狂な声を上げて森を突っ切った。怖がったのか? 怖かったさ! だってあれは村の子供の悪戯じゃない。本物だ! 俺は家に帰って布団を被って震えたよ。子供にも女房にも笑われた。けど嘘じゃなかったんだ。あの旅人の言ったことは本当だったのさ。
 それからどのくらい経ったかなぁ。隣の国に黒い甲冑の亡霊が出たんだと。黒い炎を纏って、民と一緒に謀反を起こしたらしい。俺は吃驚したね。そんで、この村にもその噂は広まって俺は一躍有名人になっちまった訳だ。本当に見たんだな? ってみんな話を聞きたがった。だから俺はこの酒場で旅人相手にこの話をするのさ。酒の肴にね。
 どうだい? 面白かったかい? そうかい! 暇つぶしになったんなら良かった。

ここから先は

698字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?