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理由があるのよ

介護施設。
 
女性スタッフ2人。
 
「おはようございます」
「あっ、おはよう」
 
鈴木さん……
 今日も……ですね

「鈴木さん?
 あ~、そうね…」
 
あんなはなれて…ひとりで
「……でも…
 部屋にこもらずにああやって、
 共有スペースに出てきてくれるだけ、
 まだいいと思わなきゃ

 
「そうですけど…
 何でみんなの輪に、
 入らないんですか?
 何か言ってませんでした?」
「私も色々話すんだけど、
 理由は…教えてもらえてなくて
 
「ほんと、難しい方ですよね。
 先輩以外のスタッフとも会話しないし
「何か思うところがあるのよ。
 でもこっちのお願いは聞いてくれるし、
 拒否はないでしょ?」
 
「確かに入浴拒否とかはないですけど、
 レクはずっと遠くでながめてますよね
「参加したことは…ないわね」
 
「じゃあ、なんで施設に来たんですかね?
 
 認知だってひどくないし、
 ADL日常生活動作も問題ないし。
 
 浴槽よくそうまたげるし、
 トイレにも行けますよ…自分で。
 
 自宅に居てもらって、
 訪問介護じゃ、ダメなんですか?」
「鈴木さんご本人は、
 自宅を望まれたけど、
 遠方におられる息子さんが、
 心配だからと…ちょっと強引に…」
 
「本人が自宅って言うなら、
 それでよくないですか?」
「息子さんは…
 もしものことが心配なのよ。
 
 自宅でひとりでの、
 入浴や転倒とかが…。
 
 急に何かあっても、
 仕事で駆けつけられないからって」
 
「そういう時、
 仕事優先っておかしいですよね?!」
「…そういうものなのよ。
 そのご家庭ごとに事情があって…」
 
「困りますよね。
 馴染なじむ気がない人って、
 私、苦手なんですよ。
 そういう人って、
 集団の輪を乱しませんか?
「……でも…
 鈴木さんは迷惑行為もないし、
 他の利用者さんと関わらないけど、
 上手に距離を保ってるように見えるわ」
 
「そうですか?
 こんなこと言っちゃいけないのは
 わかってますけど、
 偏屈へんくつな人ですよね。

 何考えてるか分からないし、
 話しかけても意地悪な返事するし。
 先輩、よく鈴木さんと話せますね?」
「話してみるといい人よ。
 ちょっとくせはあるけど。
 ………
 私、ちょっと鈴木さんに挨拶あいさつしてくる
 
「わかりました。
 私はお茶の準備しておきます」
「ありがと」
 
………。
 
「鈴木さん、おはようございます」
あら…
 またあなた。
 おはよう

 
「今日も、お元気そうですね」
元気じゃなかったら、
 ここにいられないでしょ?

 
「それはそうですね。
 新聞読んでたんですか…
 何か気になるニュースありました?
「特にないわ。
 私には関係のないことばかり」
 
「そうなんですか?
 介護負担を上げるとか、
 ニュースで流れてきましたけど」
「上げればいいのよ。
 思う存分、好きなだけ。
 そして将来、
 自分たちも困ればいいのよ

 
「そうなんですよね。

 私たちは将来、
 上がった状態からスタートですもね。

 それに1度上げたら下がりませんし。

 お野菜の値段のように、
 下がってくれればいいんですけど」
「それは面白いわね。
 季節で変動とか?」
 
「そうすると、
 役所ケアマネ…大変でしょうね」
「じゃあ、なくせばいいのよ。
 それが一番、楽でしょ?」
 
「そうできれば…いいですよね」
「ちょっと、ほら!
 あなた、あの人いいの?!
 あのじいちゃん。
 また他人の部屋に入っていくよ

 
「え?
 あっ、ホントだ!
 ちょっと、田中さ~ん!」
 
「先輩!
 大丈夫です!
 私が行きますから」
「ありがとう!」
 
あのじいちゃん…
 何回言ってもダメね

「田中さんは一度だけ、
 あそこに泊まってもらったことがあって、
 その日以来、
 あそこが自分の部屋だと、
 思ってるみたいなんです

 
「迷惑な話だね。
 今日もあそこに、誰か泊まるんでしょ?」
「はい。
 田中さん…
 またあの部屋に泊まりたいのかなあ」
 
「そうかしら?」
「まあ…
 私も何となく…
 そうじゃないかと思ってるだけで…。
 
 ご本人に聞いても、
 ここはオレの部屋だろ?
 としか返ってこなくて、
 理由はハッキリしてないですけど」
 
「理由がわからないなら、
 勝手に決めつけてはダメでしょ」
「ダメですね…
 ………
 そうですよね…
 ダメ…ですよね…
 ………
 ………
 あの~……鈴木さん」
 
「ん?」
「鈴木さんは…
 どうして…
 みなさんと関わらないんですか?
 
「そんなの聞いてどうすんの?」
「いえ、どうもしないんですけど…
 知りたくて…
 
「どうでもいいじゃない。
 こんな、ばあちゃんのことなんて」
「よくはないです。

 何かご不満があれば、
 教えてほしいなあと…。

 解決できるかはあれですけど…
 でも、色々考えますから」
 
「あんたは変わってるね」
「私ですか?」
 
「私なんて別に、
 あのじいちゃんみたいに、
 勝手なことはしないんだから、
 ほったらかしててもいいじゃない

「………でも」
 
「そうね。
 あなたはいい人そうだから、
 教えてあげる」
「………」
 
「私はここに来たくなかった。
 でも息子の言うこともわかるわよ。
 
 自分だって両親の介護したんだから。
 
 私が…
 あなた以外の人間と関わらないのは…」
「………」
 
……怖いのよ…
「怖い?
 人と関わることがですか?」
 
「そうじゃないわ。
 人と仲良くなるのが怖いの
「仲良くなることが…怖い?」
 
「ここもいなくなった人いるでしょ?
 私が来てから5人…。
 入院したり…
 亡くなった人もいるんでしょ?

「まあ…はい。
 そうですね」
 
だとすると…
 あと何人…
 見送らなければいけないのって話し…。
 
 仲良くなって…
 ひとり減り…
 ふたり減り…
 
 悲しくなるじゃない

「………」
 
「ここはそういうところでしょ?
 
 私もぼけたなあと思うけど、
 感情はしっかりあるわよ。
 
 ここにいる、みんなもそう。
 
 だから…
 私は関わらない…
 関わりたくないの。
 
 人が泣いてるのもやだし、
 泣きたくないもの…これ以上

「そうだったんですか。
 そんな理由で…」
 
それにあなたがいれば充分よ。
 あなたぐらいでしょ?
 私に熱心な人」
「そんなことありませんよ。
 気にしてるスタッフ、
 私の他にもいます」
 
「そう?
 まあでも…
 あの若い子たちは、
 まだわからないでしょ?
 私の気持ちは…」
「………」
 
「ねえ、言ったついでに、
 ひとつお願いがあるんだけど
「はい、何でしょう」
 
私が死んだ後のこと
「そんなまだ鈴木さん、
 元気ですしそんな…」
 
「少なくても、
 あなたより先でしょ?」
「それだって、わかりませんよ」
 
「順番よ順番。
 私はもうチケット貰ってんだから。
 ………
 お願いは…簡単よ。
 ………
 いい?」
「はい。
 私で、できることなら」
 
私が死んで…
 もしかしたら、
 何かの拍子で思い出すじゃない?
 私のこと

「はい」
 
「テレビで…
 意地悪なばあちゃんとか見たりしたら」
「…そ、それは…」
 
「いいのよ。
 それでその時はね…
 ………
 笑顔で…
 思い出してほしいの

「笑顔…で?」
 
「そう笑顔で」
「笑いながら思い出すってことですか?
 どうしてですか?」
 
だって…
 ………
 泣き顔…見たくないじゃない。
 ………
 私の旦那が最期にそう言い残したの…
 だから…あなたにも…

 
………
 ………
 ………
 はい……必ず

 

このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。

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